塀を見て初めて「あ、街変わっちゃうんだ」と思った

 再開発後の京成立石駅北口側には、地上36階建てのタワーマンションや、葛飾区新庁舎も入る大型商業施設が建設される。宇ち多゛やミツワのある南口側も2027年に再開発工事が始まる予定だ。変わりゆく立石について、西村さんはどんなことを思うのだろう。

 立石自体、僕が小さい頃からちょこちょこ変わってはいるけど、今回の変わりようは強制的だし、人工的だなと思いますね。再開発が決まって「23年の8月末までにみなさん出ていってくださいね」ってなるまで、当事者の人たちも、周りに住んでる僕らも、いまいちピンときてなかったんです。

 でも実際に8月末になったら、みなさん軒並みきれいに立ち退いていって。北口側が工事の白い塀に囲われた時に、たぶん僕も含めてみんな初めて「あ、街変わっちゃうんだ」と思った。現実に直面してようやく悲しい気持ちに気づいたし「決まる前に声を上げればよかった」って正直、がっくり来ました。みんなもそうだったんじゃないかな。

 北口エリアがこんな状況だから、南口エリアの再開発が決まっている場所の人たちは「いずれは同じように追い出されちゃう」って、ちょっと焦ってるというか、寂しいというか……そういう気持ちが強くなったと思います。

立石は街全体でひとつ。そういう飲みの文化がある

 僕が5年前に独立を決めた時には、すでに再開発のエリアが決まっていて。うちの店はそのエリアから外れていたので「再開発の場所じゃないから大丈夫」って、当時は安易な気持ちで場所を決めたんです。でも、今思うとそういうことじゃなかったんですよね。

 再開発前は、立石を「ハシゴして楽しもう」と街の外から来てくれた人たちが圧倒的に多くて。でも、蘭州さんや鳥房さん、江戸っ子さんがどかされちゃった今、外から来る人は減りました。改めて街全体がひとつなんだなと思ったし、飲食店の立場として、いかに立石に助けてもらっていたかということが身に染みてわかりました。

 お店をハシゴするお客さんに「蘭州さんの餃子も食べて帰ってください」とか、「鳥房さんは1人1つ半身の若鳥の唐揚げを頼むのがルールだけど、2人で行けば1つお土産にして、もう1つをシェアしながら食べられますよ」とか、「江戸っ子さんでボール(焼酎ハイボール)飲みすぎないように気をつけながら、もつ焼きも食べてください」とか、偉大なお店を紹介して街全体を堪能して帰ってもらうことが僕の楽しみでもありました。

 でも、工事が始まって、そういうことも難しくなってしまった。再開発を経て、この先どう変わるかはわからないですけど、元通りにはならないのは間違いないですよね。だけど、僕は生まれ育ったのがこの街だし、小さいながらも自分で店を構えたんで、ど根性で頑張るしかないなと思ってます。

 立石という街の好きなところは、フランクなところ。挨拶をちゃんとしてくれる人が多いし、過ごしていて、いい意味で気が楽というか。でも、大人になるまで立石の良さも悪さもわからなかった。外の飲み屋さんに行った時に、初めて「立石の街ってちょっと違うんだな。早くから飲めるし、やたらともつ焼きばっかりあるし」と気づいて。だから、これからも外から来てくれた人に立石の魅力を伝えていきますよ。

 蘭州さんや鳥房さんも移転して営業を続けられるみたいですし、これからも立石の街ごと楽しんでほしいんです。僕はこれまでずっと立石で過ごしてきたし、助けられてきた。微力ながらでも街に恩返しがしたいですね。

 なお、蘭州は羊料理を中心としたメニューに一新し、24年1月6日に南口側に移転オープン。鳥房も今後北口側に移転オープンの予定。再開発で街は変わりつつあるが、そこに生活する人々の気持ちは変わらない。下町ならではの人のあたたかさが感じられる“気が楽”な街「立石」にぜひ触れてみてほしい。

ブンカ堂

所在地 東京都葛飾区立石4-27-9
電話番号 03-5654-9633
営業時間 月~土、祝前日/14:00~翌0:00(L.O. 23:00) 日、祝日/14:00~22:00(L.O. 21:00)
定休日 不定休。臨時で休むこともあり
https://bunkadoukeiseitateisi.owst.jp/

2024.01.21(日)
文=石橋果奈
写真=深野未季