だから、事実はありのままに、そのまま受け入れる方がいい。経験したことは、それが自分のおぞましい内面をあばいてしまうとしても、恐れずに開示した方がいい。それが「怖いもの」を祓う最も確かな方法である。山岸凉子先生は繰り返し読者にそう伝えているように私には思われる。それがどれほど困難な事業であっても、「正直にありのままを語ること」。それがトラウマ的経験からの自己治癒の手立てとしても、あるいは物語を「創造」するための足がかりとしても、最も確かなことである。山岸先生がそう考えておられるとしたら、私はこの知見に心からの同意を表したいと思う。
という解説のせいでせっかくの怖い話の怖さが減じてしまっては解説を書いた甲斐がない。読者のみなさんはこれを読んでもっと怖い思いをして欲しい。
山岸先生、これからも怖い話をどんどん描いてください。
自選作品集 海の魚鱗宮(文春文庫)
定価 902円(税込)
文藝春秋
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2023.11.08(水)
文=内田 樹(思想家 神戸女学院大学名誉教授)