不妊治療を受けやすくなった「-196℃」の技術の進歩

生殖医療の進化によって、日本ではいまや13.9人に1人が体外受精で生まれた子ども。
生殖医療の進化によって、日本ではいまや13.9人に1人が体外受精で生まれた子ども。

 現在日本で誕生した赤ちゃんの15人に1人は、生まれる前に液体窒素タンクで凍結保存されていた。タンク内の温度は-196℃。これは液体窒素の沸点で、そこに物質を入れると瞬時に凍結する。近年、こうして瞬間凍結させたレモンや梅で作ったアルコール飲料が人気だが、直径わずか1ミリの胚(受精卵)、その10分の1くらいの卵子、さらにその20分の1くらいの精子も同じやり方で凍結され、使用される日まで凍ったままスタンバイしている。

 世界初の凍結胚による妊娠は1983年。オーストラリアで無事、女児が生まれた。生殖医療の第一人者である石原 理・女子栄養大学教授によれば、当時はアイスベビーと揶揄されたという。

「78年に初めて体外受精によってルイーズさんが誕生した際も試験管ベビー呼ばわりされましたが、体外受精は現在、標準治療として世界中で行われています。凍結胚についても、胚を凍結しておけば女性が何度も採卵手術を受ける必要もないなど不妊治療が格段に楽になり、また、凍結していない胚より妊娠に成功する率がむしろ高いこともわかり、ほとんどの体外受精で凍結胚が使われるようになりました。凍結や融解、そして胚を培養する技術は、研究者たちがコツコツ改良を重ねてきたものです。近年、これらの技術が揃ったからこそ、生殖医療は爆発的な進展を遂げ、日本ではいまや13.9人に1人が体外受精※で生まれた子どもです」

※凍結を用いない体外受精を含む。

胚を凍結しておけば女性が何度も採卵手術を受ける必要もなく、凍結していない胚より妊娠に成功する率がむしろ高いことがわかった。
胚を凍結しておけば女性が何度も採卵手術を受ける必要もなく、凍結していない胚より妊娠に成功する率がむしろ高いことがわかった。

■世界の「生殖革命」年表

  • 1978
    イギリスで世界初の体外受精による女児ルイーズ誕生
  • 1983
    オーストラリアで世界初の凍結胚による妊娠に成功。女児ゾーイ誕生
  • 1992
    ベルギーで世界初の顕微授精による妊娠・分娩に成功。やや遅れて日本でも成功
  • 1999~2000
    日本でより安全な凍結・融解技術が確立される
  • 2004
    イタリアで卵子の凍結が行われるようになる
  • ~2016
    この年までに世界で胚培養の技術革新が大きく進む
  • 2018
    中国の研究者がゲノム編集した女児(双子)を誕生させたと発表。真偽は不明だが、違法な医療行為として起訴され有罪になった

●お話を聞いたのは……
石原 理(いしはら・おさむ)さん

生殖内分泌学者。女子栄養大学教授(臨床医学)・女子栄養大学栄養クリニック所長。埼玉医科大学名誉教授。専門は生殖内分泌学、生殖医療、生殖人類学など。こども家庭審議会委員も務める。著書に『ゲノムの子』『生殖医療の衝撃』ほか。

数字で見えてくるものは

2023.09.19(火)
text=Atsuko Komine
illustration=Ayumi Takahashi

CREA 2023年夏号
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。

この記事の掲載号

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