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「執着心は薄いのに、なぜか就寝中に食べてるんです」

――タニシさんは、そもそも食べ物に関心がおありだったのですか。

 関心はなかったですね。おいしいものを食べるために出かけたり、自分でお店を探したりした経験がないんです。食べ物への執着心は薄いと思います。

――でも、就寝中でも「寝食べ」をされるんですよね。

 そうなんですよ。事故物件に住むようになってから、睡眠中に何かを食べるようになりました。一軒目の事故物件に住んでいた頃、朝になるとアーモンドチョコレートが一箱からっぽになっているんです。「犯人は誰だろう」と定点観測カメラを仕掛けておいたら、食べていたのは、なんと自分自身だったという。

――この本のなかでも特に恐いエピソードの一つですね。

 一心不乱に食べていました。でも、食べた記憶、食べたという意識がまったく残っていなくて。アーモンドチョコレートは好物なので、損した気分でした(笑)。

――昔から寝食べをする習慣があったのですか。

 いいえ。事故物件に住むようになってからです。ノンフライのポテトスナックだったり、素朴なクッキー、薄皮クリームパンだったり。

――なぜ事故物件に住むようになってから、寝食べをするようになったのでしょう。

 やはり、この部屋で亡くなった人が残した「好物を食べたい」という執念が、僕が眠っている間に意識下に潜り込んだという仮説は立ちますよね。

 その証拠に、事故物件を転居するたびに、食べたいものが変わる。一度、枕元にいろんな食べ物を置いて、「何がなくなるか」を実験してみたんです。すると千葉県銚子名物の濡れおかきだけがなくなった夜があった。濡れおかきなんて、それまで存在すら知りませんでしたから。

――「寝食べ」は霊障の一つなのでしょうか。だとするならば、食べ物への関心が薄いというタニシさんすら豹変させてしまうほど、人は食べ物に対する執着心が深いんだなと思いました。

 それはあるでしょうね。最近は事故物件だけではなくホテルに泊まった時も、朝になると食べ物がなくなっている。このあいだもポテトチップスが一袋、食べ尽くされていました。ホテルの客室にいる霊に取り憑かれているのかもしれません。

2023.08.08(火)
文=吉村智樹
写真=志水 隆