いま自分はいったい何を読まされているのか!? テーマもストーリーも置き去りにして延々と繰り広げられる、ひとり脳内会議。日々の有象無象を高精度のレンズでギュッとフォーカスした、ゲシュタルト崩壊寸前の言葉の奔流に呆気にとられていたら、予想もつかない場所に辿り着いていた――。
そんな唯一無二の読書体験を味わえるのが、お笑いコンビ・Aマッソのネタ担当、加納愛子さんの初小説集『これはちゃうか』だ。キャラに頼らない硬派かつ過激な芸風でコアなお笑いファンから熱い支持を集める一方、もっか文芸ファンからも新星あらわるといった衝撃をもって迎えられている加納さん。同じ時代に生きていることが嬉しくなる、破格の天才の頭の中とは――?
誰もが感じてはいるけど口にしないことを言語化したい
――昨年発売された初のエッセイ集『イルカも泳ぐわい』(筑摩書房)で、作家・加納愛子はすでに完成されていた気もするのですが、実際に小説を書いてみた感想は?
いや、むずかったですね。エッセイは基本、「こんなことがあったんですよって言ってるだけです~」と言えるんですけど、小説はそういう言い訳ができないんで。「なんか書いちゃってるよ~」みたいな照れが自分の中ですごくありましたね。
あと小説って何を書いてもいい。現実に起こってないことを書いていいし、一人称でも自分ではないから自分が思ってもないことを書いてもいい。ホンマに無限すぎて、編集さんのリクエストを元になんとか書いた感じです。
――雑誌「文藝」で一番最初に発表された「了見の餅」は、主人公の女の子が同じアパートに住む女友達に会いに行く話です。私がこうドアを開けてこうボケたら、友人のなっちゃんがこう突っ込む――といったやりとりをひたすら脳内シュミレーションし続ける、主人公のややこしい自意識の暴走が可笑しいやら気持ち悪いやら切ないやらで、いわく言いがたい感情に揺さぶられます。
「了見の餅」の主人公は、わりと自分に近い感じですね。今回の帯のコメントを書いてくださった高瀬準子さんに「思ったことを口に出す登場人物ばっかり」みたいなことを指摘されて、確かに!って。主人公が悶々と悩んでるみたいな様子も、私の場合、普段からネタで台詞ばっかり書いてるからか、全部口に出して喋らせてしまうんですよ。
――確かに、6篇の主人公は年齢も世代もキャラクタもさまざまですが、みんな頭に浮かんだことを喋りまくってますね。個人的にグッと来たのが、「イトコ」の主人公であるWebライターの女性が他人の言ったことに対して「いいなそれ。私が言語化したことにしてくれへん?」という台詞です。自分の脳内を言い当てられたような気持ちよさと気まずさの錯綜具合がたまりません。
「それ、私が言語化したことにしてくれへん?」みたいなことって、日常でありますよね。実際には誰も言わんけど、誰もが思ってるみたいな。そういうことを言語化したい欲はあるかも。言葉ではないニュアンスみたいなものを笑いに変えるのが得意な人もいるけど、私の場合はやっぱり言葉――なかでも喋りが好きなんで、ここでこういう感情になったみたいなことを小説の世界の中で喋らせてる感じはあるかもしれません。
――加納さんの場合、言葉のチョイスや言い回しがまた独特ですよね。「メロンソーダの主観で言うやん」とか「うわ~雨宮柊子~とニコ生のコメントのように頭の中で右から左へ文字が流れる」とか。『イルカも泳ぐわい』の帯コメントで翻訳家の岸本佐知子さんが「キレキレの言葉のサーカス」と表現されてましたが、まさに変幻自在のアクロバティック。
なんか偉そうなんですけど、映画でも小説でもすごいスペクタクルでおもしろい話やのに、台詞がいまいちやなって思うことが多いんですよ。設定上、言わなあかんことは言ってるんやけど、グッとこうへんなって。だから、小説でもすごいストーリーは考えられへんけど、ここでこういう言葉を言わせようみたいな部分では闘えるんちゃうかなって。
――そういう加納さんの独特の言語センスは、何がルーツにあるんでしょう?
どうなんでしょうね。関西で育ったのもあるかもしれんけど、やっぱり芸人というのが大きいかな。毎週毎週ラジオやってて思うんですけど、喋ることってそんなにないんですよ。ネタにするような事件もしょっちゅうは起こらんし、ほんならもう、感情を掘るしかない。嘘を付くわけではないけど、何かをええなと思ったとして、その感情を掘って、なぜええかということを無理矢理にでも膨らませて喋る。そういう筋肉がラジオにかぎらず、芸人やってると自然に鍛えられるんで、普通とはちょっと違うフレーズが自然に出てくるんかもしれませんね。
――大喜利みたいな?
そうそう。普通やったらなんも喋らんとぼーっとしてるみたいなこともあるけど、ラジオやテレビは7秒沈黙で放送事故と言われる世界なんで。とにかく言語化して、ええ感じに回していくみたいなことが、良くも悪くもクセになってるのかも。
2022.12.02(金)
文=井口啓子
写真=釜谷洋史