出会う前から同期愛
宝塚ファン時代、中原さんが熟読していたのが、「歌劇」や「宝塚GRAPH」という宝塚の機関誌だった。記事の中で度々語られる、「同期生は大切な仲間、どんな時でも支え合うもの」というエピソードが、中原さんの心に強く響きしっかりと根付いた。当時、まだ受験もしていなかったのに、未来の同期生を大切に思っていたというから驚きだ。
月組に配属されてからずっと、中原さんが特別に意識していたことがある。折に触れ、「私は同期が大好き」、「いつもみんなで助け合おうね」と言葉にして周囲に伝えたのだ。
お稽古や公演中は、それぞれが真剣だからこそ、生徒同士の意見がぶつかる時もある。特に、団体行動をとる機会が多い同期生同士は、感情的に接してしまうことも多い。受験生時代から同期生の大切さを感じていたから、そんなふうに同期生がぶつかりあうところを見ると悲しい気持ちになったそうだ。
「私は、同じ組になった9人の同期と、一生の絆を作りたかったんです」
そう語る瞳は、力強く光っていた。
同期生同士で仕事上の優劣を感じても、それがプライベートに影響することはなかった。
「誰かより出番が少なくても、それは自分の力が足りないから。そう考えていました」
どんなに大変な状況でも、お互いに責めたり、文句を言ったりしたくはなかった。辛い時ど労わりあって、団結しなくては。だから「同期って最高!」と熱い思いを繰り返し言葉にすることで、みんなが笑顔でいられる場を作ろうと思った。
「素晴らしい同期生に恵まれただけで、しっかりまとまったのは私の力ではないですよ」
そう話す中原さんだが、月組の92期生は結束力が強くて仲良しだと言われるようになったのは、「失敗してもいつも明るいムードメーカー」な中原さんの存在が、一役買っていたのだろう。
猛特訓の「闇が広がる」
中原さんがずっと苦手意識を持っていた歌と向き合うことになったのは、研4の時だった。大作ミュージカル「エリザベート」の新人公演で、オーストリア皇太子ルドルフ役に抜擢されたのだ。
確かな歌唱力と繊細な演技が求められるルドルフ役は若手男役にとって華やかな実力の見せ所だったが、真っ先に感じたのは「私に務まるだろうか」という不安だった。必死にお稽古に励んだものの、初めての歌稽古では最初の三拍子のリズムすら全く歌えず、先生に呆れられてしまった。
お稽古を重ねても、思うように歌えない。演技も動きも課題だらけで、いくら練習しても時間が足りなかった。決定的な出来事として覚えているのは、新人公演の本番間近、通し稽古を見学した月組の上級生が、彼女の歌と演技に啞然としていたことだ。「このままではまずい」とますます焦ったが、自分だけではどうすることもできない。さすがの中原さんも「一晩寝たらすっかり忘れる」ことはできなかった。
救いの手が差し伸べられたのは、その翌日のことだった。本公演の役替わりでルドルフを演じていらした青樹泉さんが、見せ場であるナンバー「闇が広がる」を自ら歌い踊り、一緒にお稽古をしてくださったという。文字通り「手取り足取り」の丁寧なアドバイスで、多忙な上級生がそこまでしてくださるのは、滅多にないことだ。
「私の演技がものすごく下手過ぎて、青樹さんがものすごくお優し過ぎたということです」
そう言って、懐かしそうに笑う。切実さと健気な努力がいじらしい、放っておけない人。それが、中原さんだったのだろう。
夢をつかんだ後に
そんな中原さんには、宝塚に入団した時から確固たる目標があった。
「私、絶対にスターになりたかったんですよ」
宝塚の生徒は、それぞれが夢を持っている。トップスターを目指す人、個性的な役がやりたい人、重厚な演技ができる脇役になりたい人……。
「私の場合は、新人公演の主役は絶対にやりたいと、それを目標にしていました」
彼女は、ファンの頃に憧れた「宝塚の男役スター」という存在をはじめから目指していた。
そして目標に向かって着実に努力し続け、2011年、念願だった新人公演の主演という大きなチャンスをつかむ。演目は「バラの国の王子」。これは「美女と野獣」を原作とした作品で、主人公は当然、野獣役だった。簡単にできる役などないとは言われるが、それでもかなり特殊な役柄であったことはいうまでもない。
大きな被り物と重量感のある衣装をまとって、歌い踊る。観客から顔全体が見える瞬間は王子様の姿になるラストシーンの5分だけだったと、中原さんはおかしげに語った。
当時の月組トップスターは、霧矢大夢(きりや・ひろむ)さん。中原さんが「神懸かった実力を持った方」と話すほど、完璧な舞台をつとめる男役さんだった。このままの自分では、とても霧矢さんのお役は演じられない……焦る気持ちをおさえるように朝から晩まで、休日もお稽古に没頭した。
「夢見ていた『主役をやれる喜び』なんてありませんでした。ただもう、必死なだけ!」
そんな彼女を誰よりも助けてくれたのは、他ならぬ霧矢さんだった。特殊な衣装の着こなし方から声の出し方、舞台メイクも指導してくださった。自らの未熟さを思い知ったという中原さんだが、新人公演本番の舞台では後悔がないよう全力を出したいと臨んだ。
「できることは全てやりきったという思いは、ありました」
新人公演が終わった後に霧矢さんから掛けられた言葉が、中原さんは今でも忘れられない。
「ゆうき、めっちゃ下手やったよ。でもな、挨拶はすっごい良かった」
褒められたのは、カーテンコールでの挨拶だった。お芝居が終わった後を褒めるなんて、辛辣にも聞こえるが、この言葉には真実のあたたかさが含まれている。
新人公演の当日、「あと数時間後に、私が主役を演じるんだ」と思うと、とてつもない恐怖に震えたという中原さん。本役さんに追いつけない自分から逃げることなく、体当たりで大舞台に挑んだ……そんな姿を、霧矢さんは一番近くで見守っていらしたのだろう。未熟でも全力を尽くした中原さんの舞台挨拶は、観客の心を震わせたのかもしれない。霧矢さんからもらった言葉は今でも宝物なのだと、中原さんは嬉しそうに微笑んだ。
大きな目標を達成し、男役スターとして技術も輝きも増していくスタート地点に立った時。さらに希望を燃やしていたと思いきや、新人公演の主演を果たしたとたんに迷い始めてしまったという。
新人公演の主役を経験すると、生徒はそれぞれのステップへ進んでいく。歌やダンス、得意分野を極める人。名脇役と言われるようになる人、トップスターを目指そうと、少しずつ実績を重ねる人。中原さんは、次の夢を決めかねていた。
「これからの長い人生をどう歩むかということも、考えていました」
大舞台を経験した彼女は、1人の人間として成長し始めていた。
すみれの花、また咲く頃 タカラジェンヌのセカンドキャリア
早霧せいな、仙名彩世、香綾しずる、鳳真由、風馬翔、美城れん、煌月爽矢、夢乃聖夏、咲妃みゆ。トップスターから専科生まで、9名の現役当時の喜びと葛藤を、同じ時代に切磋琢磨した著者だからこそ聞き出せた裏話とともに描き出す。卒業後の彼女たちの新たな挑戦にも迫り、大反響を呼んだインタビュー連載、待望の書籍化!
定価 1,650円(税込)
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早花まこ
元宝塚歌劇団娘役。2002年に入団し、2020年の退団まで雪組に所属した。劇団の機関誌「歌劇」のコーナー執筆を8年にわたって務め、鋭くも愛のある観察眼と豊かな文章表現でファンの人気を集めた。BookBangで「ザ・ブックレビュー 宝塚の本箱」を連載中。
note https://note.com/maco_sahana
2023.05.27(土)
文=早花まこ