集中治療室に毎日面会に出かけていますが、私が自分を指さして「この人は誰?」とやると、彼女は「お母さん」と言います。昨日の段階で、語彙は「あのさ」「えーとね」「お母さん」「わかんない」「きのう」くらいです。
しかし、その一方で彼女の表情や反応を見ると、私の話をほぼ完全に理解できているように感じます。コンピュータにたとえると、CPU(中央演算処理装置)は動いているけど、ハードディスクの辞書機能が壊れていてモニターに言葉を表示することができず、デフォルトの「お母さん」「わかんない」だけを繰り返しているような状態です。脳の不思議を改めて思い知りました。
もっと不思議なのは、何を言っているのか全然わからない彼女との会話が、実におもしろいことです。集中治療室で、私ほど笑っている面会者は皆無でしょう。会話というのは、内容でするものではないのですね。まったく驚きました。》
手術から12日後の夫との会話
手術から12日が経過した12月16日、旦那はなんと集中治療室にテープレコーダーを持ち込みました。こっそり録音した私と旦那の会話をご紹介しましょう。
旦那 元気そうだね。顔色もよくてよかったじゃない。
私 うん。
旦那 私が言っていること、わかる?
私 うん。
旦那 (自分を指さして)この人は誰でしょう?
私 わかんないから。
旦那 わかんない?
私 お母さんはわかんないの。
旦那 相変わらずわかんないねえ(笑)。私が言ってることはわかってるんでしょ?
私 そう。
旦那 でも、言葉に出ないのね。
私 そうそう。
旦那 看護師さんに「靴を持ってきて下さい」って言われたから持ってきたよ。もうすぐ歩くリハビリが始まるんじゃないのかな。
私 うーん。
旦那 (私につながってる)機械のモニターには、いままでとは違うものが映ってるね。何だろう? アラームがついてる。大丈夫かな。
私 大丈夫だよ。
旦那 おっ、「大丈夫だよ」が出てきたね。やったね! ちょっとずつね。
2023.03.14(火)
文=清水ちなみ