中1のコウスケは放課後に友達と遊ぶのを断って、小2の妹の学校までお迎えに行ってくれたそうです。子どもたちも協力してくれていたんですね。

 チヒロにとって、兄のお迎えの記憶は強く残っているようで、先日、こんなことを語ってくれました。

「お兄ちゃんが自転車で迎えにきてくれたんだけど、家に帰る時は自分だけ自転車に乗って、『おまえは走れ! ランドセルは持ってやるから』って言われて私だけ走らされたんだよ。普通は、自転車を引いて一緒に歩いていくじゃん! でもそのあと、『よく頑張ったな!』ってコンビニでジュースやお菓子を買ってもらった。おもしろかったなあ」

 当時の記録(「治療─検査─病状説明紙」)を見ると、私の症状は「くも膜下出血、脳動脈瘤破裂、コイル塞栓術後脳血管攣縮」とあります。脳内の太い血管が攣縮して脳梗塞を起こしたことで、左脳の4分の1が損傷。言語と右手の機能に大きな障害が出てしまいました。

 

 旦那の日記にはこう書いてあります。

《12月10日(木) ICUへ。ちなみは人工呼吸器を外したのでしゃべれるようになったが、出てくる言葉は「お母さん」と「わかんない」の2語のみ。それでも不思議なことに話が弾み、重症患者ばかりのICUでふたりでゲラゲラ笑ってしまう。右足は動かせるが、右手は難しいようだ。》

《12月13日(日) ちなみが私の言うことをある程度理解していることは間違いない。口に出すことができないだけだ。脳とは不思議なもので「えーとね」「ちょっと待って」「昨日」と言えるようになった。語彙が増えているのだ。》

 12月15日に旦那が旧知の岸田秀先生(『ものぐさ精神分析』の著者。脳梗塞で開頭手術した経験あり)に出したメールが残っていました。

《手術は神業のようにうまくいったのですが、手術箇所とはまったく別のところが脳梗塞になり、左脳の4分の1がダメージをうけてしまいました。右半身(特に右手)と言語に障害が残っています。

2023.03.14(火)
文=清水ちなみ