川越 歴史を見ても、中国の人はみんなエネルギッシュというか、あの広い国土の色んな場所で同時多発的に色んな事をしていて、一点で起きた事が全体に影響したり、個性と個性のぶつかり合いがもの凄い。史実を調べて、説明しているだけでも楽しくなってきてしまうんですよね。小説に書くことと書かないことの切り分けが大変でした。

 浅田 日本人の感覚ではいわく言い難い混沌ですね。中国ものを書いていて怖いのは、あのスケールが実感できないこと。北京市内の一街区を歩きながら話す場面でも、東京とは所要時間がまったく違う。澤田さんが街歩きをしたというのは距離感をつかむ上で非常に分かります。川越さんは、現地には?

 川越 ちょうどコロナ禍に取材期間がぶつかったせいもあって、中国には行けずじまいです。そのぶん必死に想像を膨らませるしかないですね。あとは、僕は等高線入りの地図をよく見ます。高低差、街中に坂があるのか、1キロ歩くにしても上りなのか下りなのか。そういったところが気になるので。

 浅田 現地を見ないことにも利点はあって、美しい想像ができるんですよね。実際以上の風景が書けたりもする。私も初めての中国は『珍妃の井戸』の取材でしたから、『蒼穹の昴』は想像だけ。

 川越 あの、におい立つような猥雑な感じとか、紫禁城の様子とか、全部想像だけで書かれたんですか。

 澤田 埃っぽくて乾燥している村の空気も。

 浅田 全部、資料と想像です。資料に関しては日本のほうが充実しているくらいですから。中国は共産党国家ゆえの難しさがあって、どうしても国家が善悪で分けた偏りが資料にも出てしまう。例えば宦官は前提として「悪」であるというような。その点、日本には京都大学を中心として中国学の蓄積がありますので。京都の大学図書館にはずいぶん通いましたね。

 川越 現地取材ができる時は、何に注目されますか?

 浅田 もっぱら植生、そして気候です。どんな木が生えていて、季節によって何が咲くのか、山風か海風か川風か、湿度はどのくらいか。日本文学は花鳥風月を書くのが真髄だと思っていますので、取材の値打ちは風土を体感できることに尽きます。その点、二人がお住まいの京都はいいですね。土方歳三の見たままの山並みが、今も変わらず街の遠景にある。

2023.01.23(月)
文=「オール讀物」編集部
写真=石川啓次