澤田 私はまだ自分が子供に近いと思っています。大人である気がしていなくて。

 川越 僕も、いい年をしてと思うんですが、いまだに大人に憧れている感じがあります。

 浅田 それでいいと思います。

 川越・澤田 いいんですか!?

 浅田 私も40代の頃はそういう気持ちで、だから子供を扱う作品は割とその年代に多く書いています。あと10年経つとジジイばっかり出てくるようになりますよ。得意分野と言ってもいいですね。

 澤田 老人を上手く書くコツはなんでしょう。

 浅田 あなた方の年の頃から、街でよく観察していました。子供は自分が通ってきた道だから懐かしく思い出せる一方、老人というのはこれから自分がなるものだから興味深い。自分はどんなジジイになるんだろう、と。サウナでは「そこは私の席だ」といわれなき既得権益を主張するジジイに出会い、競馬場では見知らぬジジイから厚かましく祝儀をせびられる。その度に腹を立てながら、なるほどこれがジジイか、俺の行く道か、と心に刻むわけです。

 澤田 心温まるジジイはいないんですか(笑)。

 浅田 ついぞ出会いませんでしたね。人間、頭に来たことほど覚えているものなので、良い事をしてくれても忘れているのかもしれませんけれども。

資料と現地取材

 浅田 かように作家には常に観察する眼が必要なわけですが、歴史小説家の場合はもうひとつ、調べていくうちに資料を読むほうが面白くなっちゃうという壁がある。

 澤田 あります、あります。できれば書かずにずっと資料を読んでいたいほど。文化や風土、文物を調べていると、それ自体が物語抜きでも十分に面白いように思えてきてしまうんです。

 浅田 調べもの、好きそうですよね。

 澤田 調べて面白かったことを「誰かに伝えたい」という気持ちが強いんです。「これ、面白いよ」という感動が先に立ってしまう点が学者には向いていなくて、小説を書くようになりました。古代史や日明関係などを書くにあたっては、学生時代に教授に中国へ連れて行ってもらった経験が大きく影響していると思います。人の顔色を窺わない大陸的な感じが、私はこの国で暮らしていける、と思うくらい肌に合ったんです。しょっちゅうホテルを抜け出して街歩きをしては教授に怒られていました。

2023.01.23(月)
文=「オール讀物」編集部
写真=石川啓次