浅田 今後ますます増えますね。

 澤田 いちファンとしての質問で恐縮なのですが、『兵諫』の次作でシリーズ完結なのでしょうか。

 浅田 その予定ですが、これまで出した登場人物すべてに決着をつけなくてはいけないので生半可ではないですね。きれい好きな質だから、ほっぽらかしが嫌なんですよ。洗車でも綿棒で仕上げするくらいですから(笑)。

 澤田 読者の立場から語りますと、「あの人はこういう人生を歩んでいったんだ」ということが知れるのはとても嬉しいです。

 浅田 ありがとうございます。妙な話ですが、自作を何度も読み返すので、抜けがあると自分自身が誰より納得いかない。

 澤田 私、怖くて自分の本を読み返せないんです。

 浅田 読み返す時の絶対条件は“決して直さないこと”です。書く時には未来の自分が一番厳しい読者だと思って書く。その気概をもって書いたなら、過去の自分にも敬意を払わなくてはいけないから、書き直しはしない。

 川越 僕は今まさに、雑誌連載した原稿を単行本化に向けてゲラでチェックしているところなんですが、浅田さんはこの段階も、直しは入れないですか?

 浅田 もちろん、直すべきだと思った箇所は直しますよ。ただ、小説家って別に特別な職業ではなくて物作りの職人なんです。家を建てて、大工さんに「後で直す」って言われたら腹が立つでしょう。一発勝負が普通の職人の世界で、小説だけ直す段階が何度もあるという考えは、甘いと思います。

 川越 連載でいっぺん人目にふれる以上、その段階で完璧を目指さないと、ということですね。

 浅田 ただ、後で新資料が出てきちゃった、ということは起こり得ますよね。これは歴史小説の宿命として。

歴史作家としての出発点

 浅田 『壬生義士伝』を書いた時には多少、「そろそろ時代小説を」という気持ちもありましたが、その前の『蒼穹の昴』の時点ではほとんど意識していなかった。特に、中国近代史というのは自分でも一番強い分野だと思っていたので、いつ書いても大丈夫だと思っていました。ただ、『蒼穹の昴』の始まりは春児(チュンル)と玲玲(リンリン)という少年少女が出てくるので、子供時代の感情が分かるうちに書いたほうがいいなと。当時、自分が40代で、ぎりぎり今ならと思って書き始めた。お二人も今のうちに子供を書いておくといいですよ。

2023.01.23(月)
文=「オール讀物」編集部
写真=石川啓次