川越 僕も、先日書き終えた『見果てぬ王道』という小説では、連載開始前に主人公の曾孫の方にご挨拶しました。孫文を資金面で支援した梅屋庄吉という人物のご子孫なんですが、色々と詳しく教えて下さってとても有難かったです。

 澤田 ただ、あまり聞き過ぎてしまっても却ってやりづらくありませんか?

 浅田 河鍋暁斎にしても孫文にしても客観的な事実は資料の中で十分に集まりますからね。それとは違う情報がお身内から入ってくると戸惑うでしょう。

 川越 そこは難しいなと思います。関係者ならではのエピソードを伺えると、情報は増えるのですが、逆に想像は制限されてしまいそうで。また、影響を直接に受けた人々が生きている程に近い時代に関しては、物語にしてはいけない歴史事実というものもあると考えています。何でもかんでも面白がってはいかんというか……。

 浅田 特に、孫文というのは非常に評価の難しい人ですからね。

 川越 『蒼穹の昴』シリーズでは、孫文はお書きになりませんでしたね。

 浅田 孫文の扱いには非常に迷いました。中国本土でも台湾でも孫文が国父であることは間違いありません。彼は神格化された側面があると思うのですが、実際に革命のための支援集めの役割においては大したものだったし、その資金なくして革命は成らなかったでしょう。ただ、多くの人が死んだ革命で孫文は血を流さなかった、という事実も抜きがたい思いとして自分の頭の中にある。なので、美化も批判もしないためには、孫文を登場させない、という結論に落ち着きました。孫文に実際に会ったという人はまだいるんでしょうかね?

 川越 百歳くらいのおばあちゃんが小さい頃に抱っこされたことがある、と語るくらいの感じかもしれません。

 浅田 それは、小説に書くのにちょうどいい頃合いですね。

 澤田 近い歴史を書くのは難しい、ということで言うと『蒼穹の昴』シリーズはどんどん現代に近づいてきていますから大変ですよね。最新の『兵諫』(第6作)などは、それこそ関係者がご存命な人物がわらわら出てきますし……。

2023.01.23(月)
文=「オール讀物」編集部
写真=石川啓次