――冒頭以外のストーリーは何を言ってもネタバレになってしまいそうなので触れにくいのですが、印象的な人物として朋美の元担任教師の北原香織がいます。彼女はニュースや映画や本の中で気になる言葉、引っかかる文章を見つけては蒐集し、自宅の壁に貼っています。この言葉の数々が文中に引用されることで、作品の通奏低音のようになっていると感じます。実はタイトルの「白い闇」もこの言葉の中に登場するのですが、非常に面白い設定ですよね。
実は私自身が、格言コレクターなんです(笑)。中学生の時には故事成語の本を愛読していました。当時から、気に入った故事成語や格言を日記に書き写したり、自作の寸言風なものを書きつけたりしていました。自分でも子供らしくない趣味だと思っていましたが、今ごろになって役立つとは思いませんでした。今も仕事場の机の前に好きな言葉をいくつも貼っていますよ。たとえば、黒澤明監督の『野良犬』に出てくる「狂犬の目に真っ直ぐな道ばかり」という川柳の言葉などはお気に入りです。
香織はある“罪”を背負っているのですが、そんな自分が許せないわけです。交際上手ではない性格ですから、何かすがるものが欲しい。人によっては歌や映画や小説なのかもしれないですが、彼女の場合は短い言葉だったということです。
――作品のテーマでいうと、「あとがき」で伊岡さんご本人に今作は「これまでの集大成」とまで書いていただきました。「家族」「愛情」「憎悪」「暴力」「裏切り」「誠実」「応報」「赦し」と、たしかに伊岡作品のすべてが詰まっていると思います。
この中では「家族」は1つの重要なキーワードだと思います。個人的に「宗教」のような特殊な「社会性」や「民族性」に根差す物語よりも、「家族」を主テーマにしたいとずっと考えてきました。どんな国、どんな民族にも家族という概念があって、「最小単位の社会」である家族を描くことには普遍性があると思うからです。
2022.12.21(水)
文=伊岡 瞬