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ローザンヌ国際バレエコンクールで、本当に手にしたもの

 イギリスに拠点を移してから2年経った2007年2月には、ローザンヌ国際バレエコンクールの決選に出場。残念ながら上位入賞には至らなかったものの、決選進出者1名だけに贈られるコンテンポラリー賞を受賞した。このコンクールに出場したときに得た学びについても語ってくれた。

「ローザンヌ国際バレエコンクールは、まず自分が踊っているところを録画したDVDを送って、その映像で審査されます。実は前年の2005年のビデオ審査を受けたときに落ちてしまったんですが、翌年にバレエスクールの先生から2度目の挑戦を勧められて、DVDを送りました。そして一応一次審査は通ったので、次は送られてくる映像に収録されている作品から好きなものを選んでその振付を覚えて、コンクールでの実演に向けて準備をします。

 僕が参加した年はコンテンポラリーが1曲、クラシックが2曲でした。僕がコンクールに出場したときの映像は、今もYouTubeで見られるようになっていて、それが“キリアン・バリエーション”というコンテンポラリーの作品です。僕は見本として送られてきた映像を見たときに、“自分の演りたいソロが見つかった!”と思いました。

 この時の衝撃は本当に洗礼を受けたような感じでしたね。何度も、何度も再生して、もう再生できなくなるのではないかというくらい見続けました。その映像で踊っている方の動きがあまりに格好良くて、夢中になってしまったんです。

 僕はそのダンサーの方の踊りを通して、コンテンポラリー作品ではどう動けばいいのかということを学ばせてもらえました。ですから、もしかするとコンテンポラリー賞をいただいたことよりも、課題として与えられた映像が僕にいろいろと教えてくれたことのほうが、大きな意味があったように思います」

入団8年目に受けた、プリンシパルの“告知サプライズ”

 ローザンヌ国際バレエコンクールの2カ月後の2007年4月には、さらにニューヨークで開催された世界最大の国際バレエコンクール、ユース・アメリカ・グランプリに出場し、トップ12に選ばれ、コンテンポラリー賞を受賞した。

 この時の審査員から声がかかり、同年8月にヒューストン・バレエ・アカデミーIIに入って1年間、再び基本から学ぶ機会を得た。当時はまだ17歳。翌年にはヒューストン・バレエに入団し、12年5月にデミソリスト、13年11月にソリスト、15年3月にはファーストソリストに昇格した。

 「ヒューストン・バレエはアメリカで4番目の大きさのカンパニーなのですが、団員が70人程度いて、上演する作品のレパートリーもとても豊富です。今回来日公演でご覧いただく『白鳥の湖』や『ジゼル』などのクラシックバレエの全幕物もあれば、コンテンポラリーの作品にも力を入れています。

 英国ロイヤル・バレエに在籍しているスティーブン・マックレーというダンサーがいらっしゃいますが、僕は彼のようにクラシックもコンテンポラリーも両立できるオールラウンダーなダンサーにとても憧れていたので、ヒューストン・バレエは一番自分にフィットしていると思いました。

 ヒューストン・バレエIIに入ったときに仲良くなった友だちが、ディレクターのスタントン・ウェルチが手がけた作品のDVDを持っていて、それが男性9人だけで踊っているのを見てすごく魅了されて、瞬時に虜になりました。

 僕もいつかこういうふうに踊りたいと思って努力を重ねるようになりました。そして良い環境で成長できて、晴れて団員になることも叶いました。入団から8年経った2016年6月11日のことです。『ジゼル』の終演後に一通りのカーテンコールが終わると、舞台上で僕が“プリンシパルに昇格すること”が発表されたんです。

 終演後の舞台でプリンシパルの昇格をアナウンスするのはヒューストン・バレエの伝統ではあるのですが、僕にはサプライズで起きた出来事だったので、あ然としてしまいました(笑)。お客さまも、同じ舞台に立っていたダンサーからもとても喜んでいただけたので、嬉しかったです。

 当時、僕のようにコール・ド・バレエ(一般団員、群舞のダンサーのこと)から一つずつ昇格してきたプリンシパルはいなかったので、これまで頑張った甲斐があったと思いました。今でも忘れられない瞬間です」

吉山シャール ルイ・アンドレ

2016年よりヒューストン・バレエのプリンシパルを務め、古典から現代作品まで多彩なレパートリーを持つ男性ダンサーのエース。イングリッシュ・ナショナル・バレエ、ヒューストン・バレエの名門アカデミーで研鑽を積み、2007年のローザンヌ国際バレエコンクールおよびユース・アメリカ・グランプリの両方でコンテンポラリー賞を受賞。10月30日、凱旋公演となる『白鳥の湖』に出演予定。

ヒューストン・バレエ『白鳥の湖』

公演日程:2022年10月29日(土)~30日(日)
10月29日(土)12:00(ベッケイン・シスク&チェイス・オコーネル)
10月29日(土)17:00(加治屋百合子&コナー・ウォルシュ)
10月30日(日)12:00(サラ・レイン&吉山シャール ルイ・アンドレ)
10月30日(日)17:00(加治屋百合子&コナー・ウォルシュ)
会場:東京文化会館 大ホール
https://www.koransha.com/ballet/houston/

次の話を読む日本で“最初で最後”の『白鳥の湖』 名門ヒューストン・バレエから 新たな境地を目指して

2022.10.27(木)
文=山下シオン
撮影=岡積千可