御厨 そうですね。そもそも現在の皇室のかたちを作り上げたのは、現在の上皇さまであり、それを支えた美智子さまなんです。戦争の影を引き摺っていた皇室像を、あのご夫婦が一変させた。すべては60年前の明仁皇太子と美智子妃の結婚から始まったのです。

「ミッチーブーム」ですね。

御厨 そう、1959年のことです。以来60年余にわたって、その皇室像がこの国に浸透していった。当時、政治学者の松下圭一は「大衆天皇制論」という論文を発表し、天皇に対する国民の価値観の一変を看破しています(『中央公論』)。当時はまだ戦争の記憶から天皇へのわだかまりが国民に残っていました。そこに旧皇族や旧華族と何の縁もない民間人である美智子さまが入っていき、メディアを通じてそのご様子が発信されることで、皇室は大衆に開かれ、支持されていったのです。

 

美智子さまは最上の“アクトレス”

「大衆天皇制」ですか。私が美智子さまのご成婚パレードを見たのは保育園児のときでしたが、いまでも脳裏に焼きついています。近くの電器屋さんの店先のテレビで、近所の人みんなで見たなあ。

御厨 テニスコートの恋を実らせたお2人のシンデレラ・ストーリーに、国民は新しい皇室の風を感じました。中流家庭の理想像を見るようになり、皇室は神聖不可侵なものではなく、大衆にとっての「スター」になったわけです。松下は論文でこう書いています。

〈皇太子はスキーでころんだり、テニスをやっても女の子に負けてしまう。それに恋すらするではないか。このような皇室をかこむ雰囲気の変化は、憲法上の天皇の地位の変化以上に重要とみたい。今日、皇室は大衆にとってスターの聖家族となったのである〉(「大衆天皇制論」『中央公論』59年4月号)

林 なるほど。たしかに皇室はずっと、日本人にとっての「理想の家族」でしたよね。

御厨 その中心にいたのが、美智子さまです。美智子さまは、皇室における最良かつ最上の“アクトレス”ですよ。表現力と国民を感激させる力は類を見ない。

2022.02.15(火)
文=「文藝春秋」編集部