縁が縁を呼び寄せる建築
編:ここは伊勢志摩サミットが開催されたことでも知られるホテルですね。
稲葉:山崎豊子さんの小説「華麗なる一族」の冒頭シーンで登場するホテルとしても知られていますよね。
開業は1951年、昭和26年なので、今年で70周年の歴史があるのですが、実はこのホテルの創業の物語は、さらに1937年、昭和12年にまで遡るんです。
編:創業の物語が、その14年も前から、ですか。
稲葉:そうなんです。実はこの年に、村野さんが設計したホテルが京都で開業するのですが、日中戦争の影響で、わずか6年間で廃業してしまうんですね。
ところが、廃業から数カ月経ったある日に、村野さんの元に、海軍将校から呼び出しの手紙が届くのです。村野さんが、何事かと三重県の鈴鹿に出向くと、将校のための倶楽部を建てたいので京都のあのホテルみたいな建築をぜひ設計してほしい、という依頼だったのです。
編:京都のホテルの営業期間は短かったのに、そこには熱心は支持者がいたということですね。
稲葉:まさにその通りです。村野さんはその依頼をお受けするわけですが、何せ戦時中のことなので、資材がなかなか手に入らない。海軍将校の人脈を駆使することでようやく貴重な木材が手に入り、どうにかその倶楽部が完成するわけです。
そして終戦となり、村野さんとすれば倶楽部建築のことなど忘れていたところにまた、連絡が入るのです。
今度の連絡は、近畿日本鉄道、近鉄からだったんですが、鈴鹿にある将校のための倶楽部を志摩半島に移築してホテルの本館にするので手伝ってほしい、とう依頼だったんです。
編:それは村野さんにとって、大変嬉しかったでしょうね。
稲葉:村野さんが、移築工事の現場に訪れた時のことを書き残されていて、その内容が、鈴鹿で解体され、運ばれてきた柱や梁を、1本1本御自身の手で洗ってやった、というんですね。木材が再びありし日の権威を取り戻しますように、と祈る気持ちで。
編:胸に迫るエピソードですね。
稲葉:京都で設計したホテルが、新たな依頼の縁を生み、その新たに設計した倶楽部建築が、またまた新たなホテルとして生き返るという縁につながったわけです。
建築家にとって、これほど嬉しいことはないと思いますけど、でもそういった御縁を何度も呼び寄せたのは、村野さんならではの、細部の細部にまで手を抜かない設計姿勢によるものだと、僕は思います。
でもその後、志摩観光ホテルでは、改築や増築が進んで、当初の本館はいつしか使われない建物として敷地の中に放置されていたのですが、それが近年、再度手を入れられて、「カフェ&ワインバー」として甦ったんですね。つまり「放置」ではなく、使われないまま「維持」されていたことが証明されたわけで、そのニュースを聞いた時には、僕は本当に感動しました。
小説・映画の舞台にもなったホテル
編:たとえ有名な建築家であっても、その貴重な作品建築が、いつの間にか解体され、この世から消えてしまうのも珍しくないですよね。
稲葉:おっしゃる通りですね。貴重な建築遺産を、生き永らえさせ、次世代に引き継がせるためにも、建築家と今の事業主が何をすべきか考え、我々ホテル利用者もまた、建築の価値を再発見するような旅ができたら、と思っています。
編:3回にわたって興味深いお話を、ありがとうございました。最後に読者にメッセージを頂けたら。
稲葉:最近では、講演をさせて頂く機会も増えていますので、読者の皆さんがお住まいの地域にお邪魔した際にはぜひ、その地域に残る名建築や、名建築のホテルについて、一緒に考えられたらと思っています。また、この連載をきっかけに多くの人が建築の魅力に関心を持っていただけたら嬉しいですね。
編:ますますお忙しそうですが、まずはお体を大切になさってください。
稲葉:ありがとうございます。
ザ・プリンス 箱根芦ノ湖
所在地 神奈川県足柄下郡箱根町元箱根144
https://www.princehotels.co.jp/the_prince_hakone/
志摩観光ホテル
所在地 三重県志摩市阿児町神明731
https://www.miyakohotels.ne.jp/shima/
『夢のホテルのつくりかた』
稲葉なおと・著 発行:エクスナレッジ 2,420円(税込)
明治、大正、昭和。海外に誇れる美しい日本のホテル38軒誕生の知られざる物語を、稲葉さん撮影の写真とともに描いた歴史長編ノンフィクション。
夢のホテルをつくった人びと
2021.03.12(金)
文=CREA編集部
撮影=稲葉なおと
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