「居心地のいいホテルには“歴史”がある」

 そう語るのは、これまで国内外の名建築ホテルに500軒以上、宿泊・取材・撮影してきた紀行作家であり一級建築士の稲葉なおとさん。

 そんな、ホテルのプロフェッショナルに沢山の夢や情熱が詰まった“夢のホテル”の楽しみ方を伺いました。

 3回連載の第1回は日光金谷ホテルと万平ホテルに注目。旅好き必見の「稲葉流ホテルの楽しみ方」を紹介します。


ホテルをつくった人に注目すると、より泊まることが楽しくなる

編集部(以下、編):稲葉流のホテルの楽しみかたですが、ひと言でいうと、どんなことになりますか?

稲葉なおと(以下、稲葉):そうですね。僕はやはり、各ホテルをつくった人びとにまず注目した上で、憧れのホテルに泊まっていただけたらと思っています。
 
編:ホテルをつくった人びとというと、具体的には? 

稲葉:大きな存在なのは、事業主、建築家、そして施工会社、この3者ですね。この連載インタビューでは、その中でも建築家に注目してもらえたら、という気持ちでお話しようと思います。

編:建築家というと、人によってはちょっとハードルが高そうな感じもしますけど。

稲葉:そうですよね。なんとなく、専門用語と外来語をたくさん使って難しい話をする人というイメージがあるかもしれませんが(笑)。

 でも、その人自身について知ってもらえたら、その人が設計したホテルの印象も変わってくると思うんですよ。まさに僕自身がそうでしたから。

 テレビや雑誌にもよく登場する、名前が広く知られた建築家の誰々さんが設計したというくらいの知識で、ホテルに泊まって見学するのもいいのですが、できればその建築家の生い立ちや設計にかける熱い思いまで知った上で宿泊してみて欲しいですね。建築を見て受ける印象が大きく変わってくると思います。

 例えば、多くの人に知られている日光金谷ホテルの別館と、軽井沢の万平ホテルの本館が、実は同じ建築家の設計と聞くと、興味がわいてきませんか?

編:そうなんですね。日光と軽井沢の老舗ホテルが同じ人の設計。はい興味がわいてきました(笑)。

 ですが、それだけでなく、さらにもう一歩深く、その建築家についても知識や情報を持って宿泊すると、よりそのホテルを楽しむことができる、ということですね。

金谷ホテルと万平ホテルを設計した久米権九郎

稲葉:そうなんです。この2つの建築は、昭和の初期にほぼ1年違いで完成するんですけど、設計したのは2軒とも久米権九郎(くめ・ごんくろう)という建築家なんですね。

編:なんとなく、お名前からして高貴な感じがしますね。

稲葉:まさにその通りで、実は権九郎さんのお父さまは、東大出の土木の設計者としてスタートして実業家として大成功をして、衆議院議員にもなられた方なんです。

 代々木の4万坪の敷地に、能舞台もある、通称「代々木御殿」と呼ばれた豪邸を建てられたんですが、そこで権九郎さんは次男として生まれ育ったんですね。庭の池で船遊びを楽しんだり、敷地の中でクレー射撃をしたり。

編:それはもう、生粋のお坊ちゃまですね。

稲葉:権九郎さんは建築家として名を成して、創業した設計事務所が大事務所になったあとも、事務所の床や御自身の目の前にゴミが落ちていても、権九郎社長は絶対に拾わなかったというエピソードが伝わっています(笑)

 それがまた、とても自然だったというくらい、貴族的な空気と殿様的な姿勢を持ち合わせていたそうです。

 でも単なるお坊ちゃまではなく、ドイツとイギリスで建築を学んだ経験から、フェミニストでもあり、レディファーストとエスコートの姿勢を見事なまでに備えたジェントルマンだったといわれています。

 趣味もとても幅が広くて、乗馬・狩猟・水泳・野球・テニス・スキー・ゴルフ・将棋・謡曲・能・狂言など、これらすべてを、鑑賞するだけではなく、ご自身で身につけていたというから、凄いですよね。

2021.02.26(金)