猛反対を受けた1作目
「夜明けのシンフォニー」
そうして最初に後藤由香子作となったのが2003年に発表した「夜明けのシンフォニー」。
陽が昇りつつある静かな浜辺で、お姫様とお殿様が琴や笛を演奏しているファンタジックな作品です。

「夜明けの光は小さいけれど、次第に大きな輝きとなる。ふたりが奏でるメロディが、やがては大きなシンフォニーとなる。そんなふうに、生まれてきたお嬢様の成長を願うメッセージが込められた雛人形でした」
ところがこの「夜明けのシンフォニー」が、たいへんな物議をかもすこととなります。由香子さんにとってまさに「闘いの夜明け」となったのです。
「雛人形づくりは細分化され、一体におよそ50人もの職人が関わります。とはいえこの『夜明けのシンフォニー』は、ほとんどの工房に『こんなもん作れん』と断られました。
雲間から光が射すように考えられた薄暗いぼんぼりも『なんだこれは』と、なかなか作ってもらえない。夜明けというコンセプトが伝わらないんです」
童謡でも「灯りをつけましょ」と歌われるぼんぼりから照明としての能力を失わせたいという、常識はずれな注文。
できあがってからも、職人さんは由香子さんに何度も「本当にこれでいいのか? 間違っていないか?」と電話で問い合わせてきたのだそう。
「ほかにも人形の振り付け(ポーズ決め)や着物の色の合わせ方など、とにかく細部にわたってぶっとんでいて前例がないですから。
理解を得られず仕方がなく多くの部分を自分でこしらえたり、ミリ単位で指示を書いた設計図を見せながら職人さんひとりひとりを説得してまわったり、ずいぶん苦労をしていました」

古来より伝わる雛人形づくりにとらわれない斬新な発想をする由香子さんは、職人さんたちから「無理難題娘」とあだ名をつけられるほど問題児扱いに。
特に「袖のふちを黒くしたい」という希望には「黒だなんて縁起が悪すぎる!」と激怒され、設計図を突き返されたといいます。しかしながら、由香子さんも譲りませんでした。

「彼女はほわんとした雰囲気の、おっとりした女性に見えるんです。けれども実はものすごく芯が通っていて諦めない女性でした。
特に色彩に対するこだわりと集中力はすごかった。一日中、ひと言も口もきかずに生地の色合わせに没頭していました。
袖の重ねの順番や、選ぶ色ひとつとってもイメージが変わってくるため、妥協しません。何度も何度もテストをして、『もうこれでいいだろう』という諦めがぜんぜんない人でしたね」

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由香子さんは学生時代、カラーセラピストを目指して勉強していたほど、色に対する知見が豊かでした。
愛と情熱を傾け、研ぎ澄まされた色彩感覚でこれまでにない優美さを演出してきた由香子さんの雛人形づくり。それにもかかわらず理解されるのには、ずいぶんと長い時間を要しました。
工芸界が由香子さんの雛人形を認めたのは、2008年に「織部」という作品がイタリア、フィレンツェの世界遺産「ヴェッキオ宮殿」に展示されて、やっとのことだったそう。

2019.02.27(水)
文=吉村智樹
撮影=後藤通昭