冬になると、やっぱり行きたくなるのが温泉の旅。でも、ひとりで温泉宿に行くと、いたたまれない思いをするのでは? なんて心配はもう無用です。ひとり客のことを考えて心地よい距離感でサービスしてくれる、ひとりでのんびり過ごせる10室未満の温泉宿を紹介。

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静かな時間が流れる小さな宿へ

[熊本・人吉温泉]
◆旅館 たから湯

旧館2階の和室の縁側は、ちょうど朝食後が日当たりのよい時間帯。のんびりひなたぼっこを楽しんで。

 ひとりの時間に浸るなら、10室未満の小さな宿がいい。その理由のひとつは、館内で顔を合わせるゲストが少ないこと。人目を避けるわけではないけれど、ひとり旅への好奇の目を感じるのは、精神的なノイズ。だからこのリスクを回避するには、あまり人に会わずに済む、部屋数が少ない宿がいいのだ。

 そのことを実感できるのが、人吉温泉の奥に佇む、5室のみの温泉旅館「たから湯」。もとは明治40年創業の湯治宿だが、現在のオーナーが建物を増築してリニューアルしたのは1999年のことだという。

ベッドルームは天井が高く、ゆったりした造り。写真はロビーやバーのある旧館2階の「和洋室」。

「客室を5室のみにしたのは、とにかく広いお部屋でくつろいでいただきたいと思ったからなんです」

 おっとりした口調で語るのは、たおやかな和服姿の女将、山本重子さん。案内されて磨き込まれた廊下を歩くと、客室の想像以上の広さに驚く。ベッドルームと和室を合わせて20畳以上という広さは、どの部屋もほぼ同じ。

 続いて玄関前の大浴場の扉を開けば、今度は天井の高さに視線が奪われる。吹き抜けの木造空間では、格子の意匠がレトロモダンな磨りガラスから光が降り注ぎ、朝風呂の心地よさを想像させる。

館内の窓辺に飾られた作家物の器は、女将が集めたもの。

 一方、コルビュジエやカスティリオーニ兄弟のデザイナー家具が置かれたロビーは、モダンで西洋的な洗練空間。食事処のどっしりした石壁は、人吉球磨地方特有の農家の石蔵を移築したものだ。

 さまざまな表情に見とれながら館内を歩いている最中、すれ違ったゲストは1組のみ。夕刻の食事処ではさらに2組の宿泊客を見かけたが、席の配置の妙か、視線は全く気にならない。もともと皆が自分の時間を過ごしに来ている宿だから、きっと誰にも他人を詮索する気持ちがないのだろう。

明治40年から変わらぬ姿の大浴場。天井の高い浴室に磨りガラスの格子が映える。

 夕食のコース料理は、自家製柚子酒と昆布出汁の小吸物から始まり、食べるスピードに合わせてテンポよく運ばれる。人吉球磨地方の米焼酎のグラスが空けば、すかさず「足りていますか?」と聞いてくれるから、後半の熊本産和牛フィレ肉のステーキにたどりつく頃にはほろ酔いで上機嫌。

 コース料理の待ち時間を長く感じがちなひとり旅の気分を汲んでくれるのも、小さな宿ならではだ。適度に放っておいてくれる絶妙な距離感は、「あまり出しゃばらないように」という女将のセンス。優雅なひとり旅を満喫するなら、こんな女将がいる小さな宿が一番である。

女性スタッフの手づくり朝食は野菜たっぷりのやさしい味わい。

旅館 たから湯
所在地 熊本県人吉市温泉町湯ノ元2482
電話番号 0966-23-4951
チェックイン/アウト IN 15:00/OUT 10:00
1室1名料金 平日 30,000円~、休前日 33,000円~
1室2名料金 平日 20,000円~、休前日 22,000円~
食事 朝 レストラン/夕 レストラン
客室数 5室
交通 JR肥薩線人吉駅からタクシーで約7分
●料金はいずれも1泊2食付(税・サ別)、カード利用可(VISA・JCB)
●1名対応は日~金曜のみ
●源泉かけ流し(加温はあっても加水することなく源泉を給湯し完全放流)

2018.02.05(月)
Text=Megumi Komatsu
Photographs=Hiroshi Mizusaki
Illustrations=WADE

CREA 2017年2月号
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。

この記事の掲載号

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