あまった食材の使い切りや食べ切りって、いわば冷蔵庫内の“帳尻あわせ”。そして時に、おいしいものを食べて発散するのも“心の帳尻あわせ”的なこと。食と気持ちの帳尻あわせライフをつづる、フードライター白央篤司さんの連載です。
一度の食事で作るおかずは基本1品!
どういうわけか、「料理好きな人」というのは毎日まめまめしく料理をしている、と世間の人から思われがちである。いつも副菜を作って、冷蔵庫には常備菜があって、味つけもメリハリをつけて飽きないよう工夫しながら――と、いうような方もいるだろうが、少なくとも私はまったく違う。
一度の食事で作るおかずは基本1品。プラスで汁物というのが基本の構成だ。つまり毎回、作るのは2品。ごはんは日曜とかにまとめて炊き、冷凍している。このぐらいの内容じゃないと私は続けていけないと、あるとき悟った。日々の料理は「乗り切っていく」が第一だと思っている。
洗い物を少なくしたいから、おかずをのっけて丼にするのも定番。好みの肉を焼いて、味つけは手軽に焼き肉のたれで。そしてキムチと一緒に盛るだけ、なんてのは何度作っているだろう(そんな“のっけごはん”は、しらいのりこさんとの共著『のっけて、食べる』にまとまっているので、ご興味ある方はチェックしてみてください。いきなり宣伝すみません)。
「日々のごはん担当」を続けていくためにはなるたけ省力、自分が疲れないことを優先。このぐらいの距離感で料理と接しているから、「もうちょっと今日は手をかけようかな」なんてたまには思えるし、あるいは週末に「楽しみとしての料理」を作ろうなんて気持ちにもなれる。と、いう考えにいつしか落ち着いていった。これもまた私なりの、気持ちと生活の帳尻合わせ的行為である。
作っていない時間が「作ろう」という気持ちを育む、的なことは前から思ってきたけれど、人間は「ボケーッとする時間」が本当に必要なイキモノだと、年々思えてきてならない。仕事や家事に使う時間、そして「食べる・寝る」といった生命維持に必要な時間の合間に、「ボケーッとする時間」を意識的にはさむようにしてからメンタルの調子がいい。仕事やネットから離れて、ただぼんやり空を見る。ベランダの植物の葉を見る。洗濯物が風に揺れるのを十数秒、眺める。
遊ぶとか、あるいは自分を癒すような積極的な休息も大事だけれど、ただ単に自分のスイッチを切る「無為」な時間が、私には精神衛生上不可欠に思えてならない。
ポジティブでアクティブな人からしたら「無駄!」「貴重な時間をボーッとするなんてもったいない」とあきれられそうだけれど、ボーッとする時間を設けるようにしてから、料理や家事とより付き合いやすくなっている。
