「情報デスクToday」でメインキャスターが激怒
阿川 最初は、「続いてコマーシャルです」しか言ってなかった。自民党の政局に関するニュースなんかの時に、「へえ」とか言ってると、余計な相槌打たないでくださいって怒られたりして。
近田 お飾りみたいな存在だったのね。
阿川 その番組のボス格に当たる秋元秀雄さんっていうメインキャスターが、これまた父と同じように怒鳴り散らすタイプだったんですよ。昔の新聞記者って、怒鳴るのが商売みたいなものだったから。何で私、仕事場でも怒鳴られて、うちに帰っても怒鳴られなきゃならないんだろうと悲しくなりましたけどね。
近田 気の休まる暇がない。
阿川 秋元さんは、単なる無能なうなずき役と呼ばれていた私をそれなりに育て上げようとしてくださって、レポートやら天気予報やらを任せてくれたんですけど、まるっきりものにならなかった。
近田 マルチに活躍する今の阿川さんを見ると、意外に感じちゃうけどね。
阿川 ある時は、私のレポートがお粗末過ぎてお気に召さなかったと見えて、秋元さんは、生放送中だっていうのに机をボールペンでカチカチカチカチ叩き始めた。うわあ、これは機嫌が悪いぞと勘づいたけど、もうどうしようもない。
近田 そういう人ってさ、一度火が付いたら収まらないからね。
阿川 その日の放送が終わった後、プロデューサーから呼ばれて、「明日は来なくていいから」と告げられたんです。でも、私は能天気だから「ああ、明日はお休みなんだ」と思っただけで、何にも響いていなかった。後になって知ったけれど、そのプロデューサーは、私の失敗に関して、秋元さんにこってり絞られたらしいんです。
近田 「情報デスクToday」は、何年続いたの?
阿川 6年続きました。よくクビにならなかったなって、不思議でしょうがない。
「私は、そもそも報道志向が希薄」
近田 その後はどうしたんですか。
阿川 「情報デスクToday」の後番組として「筑紫哲也 NEWS23」が始まり、その後半に当たるトークをメインとするコーナーのアシスタントを、筑紫さんとともに務めることになったんです。でも私、当初はこのオファーを断ったんですよ。
近田 何でまた?
阿川 だって、「情報デスクToday」という家は解体されたのに、私一人だけが救われて新しい家に住まわせてもらうのは、何か裏切りみたいに感じちゃって。
近田 その気持ちは分かりますよ。だけど、当時の筑紫哲也といったら、みんなが憧れるジャーナリストだったわけでしょ。その冠番組で共演したい人なんて、それこそいっぱいいたんじゃない?
阿川 私には、そもそも報道志向が希薄なわけですよ。だから、それほど積極的ではなかったんだけど、一度筑紫さんに呼ばれて一緒にご飯を食べたら、父や秋元さんとは違って怖くないタイプで、ずっとニコニコしている温和な方だったから、これだったら受けてもいいかなと思い直したんです。
近田 安息の日々が訪れようとしてたんだ(笑)。
阿川 ところが、「NEWS23」がスタートしたのは1989年。それからしばらくは、ご存じの通り、ベルリンの壁が崩壊したり、湾岸戦争が始まったりと、世界史に刻まれる一大事が次々と訪れた。当然、報道の連中は浮足立っちゃうんだけど、ジャーナリズム精神に欠けた私は、そこまで興奮できないわけですよ。
近田 意識のずれを感じたわけね。
阿川 「すばらしき仲間」って覚えてます?
近田 日曜の夜にTBS系で放送されてた座談会みたいな番組だよね。
阿川 あの番組で、各局で活躍する女性ニュースキャスターを3人集めるという企画があり、TBS代表として、私に声がかかったんです。でも、自分はお呼びじゃない、芸風が違うと思って、断っちゃったんです。
近田 あらあら。
