ミュージシャンのみならず、幅広いジャンルで活躍してきた近田春夫さんが、半世紀を超えるそのキャリアにおいて交遊を繰り広げてきた錚々たる女性たちとトークを繰り広げる対談シリーズが、「おんな友達との会話」。
9人目のゲストは、歌手、俳優、そして版画家としても活躍するジュディ・オングさん。2026年10月15日(木)には、歌手生活60周年のアニバーサリーとして東京国際フォーラム ホールAでコンサート「Diva60 The Legend of Judy Ongg」を開催する彼女の長いキャリアとディープなルーツに迫る。
ヒット曲を続々リリース…それなのに
近田 9歳の時に子役としてキャリアをスタートさせたジュディさんが、歌手としてもデビューしたのは、何歳の時のことですか。
ジュディ 16歳でした。最初のシングルは、「星と恋したい」という曲。デビューからの3年間は、ずっと市川昭介さんが作曲したシングルを歌っていましたね。
近田 市川さんといえば、都はるみさんの「好きになった人」「アンコ椿は恋の花」、大川栄策さんの「さざんかの宿」など、どちらかというと演歌のイメージが強い作曲家ですが、ポップス寄りの曲も提供していたんですね。
ジュディ 私の楽曲で最初にヒットしたのは、市川さんのお書きになった「たそがれの赤い月」でした。その後も、1973年、コロムビアからソニーへの移籍後に最初に発表したシングル「花嫁の耳かざり」も結構ヒットしたし、1975年には市原悦子さん主演のTBSドラマ「赤い殺意」の主題歌「愛は生命」が売れたんですよ。
中村泰士さんが作曲してくださった「リクエスト」も好評で、1976年に発売したオリジナルの4年後に新しいアレンジで再リリースするほどでした。それなのに……。
近田 それなのに?
ジュディ 1979年に「魅せられて」が大ヒットしたら、その前の楽曲で築いてきた業績は、世間の記憶からすっかり消え失せてしまったんです。
近田 それほどまでに、「魅せられて」のインパクトが大きかったってことですね。累計200万枚を売り上げたこの曲は、あまたのヒット曲を擁する作曲家、筒美京平さんにとっても、最大のセールスを記録した作品となったそうです。
ジュディ 筒美京平さんには、「魅せられて」以前にも、1969年の「涙のドレス」、1970年の「盗まれた愛情」など、4枚のシングルに楽曲を提供していただいているんです。筒美先生は、私のレコーディングには毎回、必ず立ち合ってくださいましたね。筒美先生が自ら弾くピアノに合わせてレッスンしてから、録音に入りました。
近田 それって、結構特別なことですよね。僕は京平さんにはかなり親しくしていただいたんですが、多分、レアケースだと思います。
ジュディ ええ。私も後になってから知ったんですが、かなりありがたいことだったんですね。誰のレコーディングにでも立ち合うわけじゃなかった。
近田 京平さんは、歌い手の喉を楽器として評価を下すところがある。京平さんは、その意味で、ジュディさんの声をとても愛していたんだと思うんですよ。
