「筑紫哲也 NEWS23」を卒業し、単身渡米
阿川 オンエアを観たら、安藤優子さんと小宮悦(子)ちゃん、それからもうお一人どなたかが出演していて、報道のあるべき姿、ジャーナリストの理想像を堂々と語っていらした。心の底から、ああ、出なくてよかったと安堵しましたね。
近田 もしも参加してたら、それはそれで面白かったかも(笑)。
阿川 もちろん、ジャーナリストは大事な仕事だと分かっているし、彼女たちはとても有能であることも知っている。だからこそ、情熱のない私はその現場にいるべきじゃないと感じ、一度ここを離れてみようと思い立ったんです。
近田 「NEWS23」には、都合何年出演したことになるんですか。
阿川 1年半くらいでした。辞めることを告げた時は、「結婚するのか」とか、「他局から引き抜きの話が来てるのか」とか、いろいろと詮索されました。
近田 TBSからしてみたら、不可解な決断だったんだろうね。
阿川 「今、筑紫哲也の隣に座りたいって望む人は山のようにいるのに、それを自ら棒に振るとはどういうことだ」って詰められたから、「いや、やりたい人がやるのがいいんじゃないですか」って答えました。
近田 あんまり未練はなかったんですね。
阿川 ちょうどその頃、ワシントンD.C.にあるスミソニアン博物館で職員として働いているアメリカ人の女性とたまたま知り合ったんです。その方に「ニュースキャスターを辞めた後はどうするのか」と聞かれたから、「外国にでも住んでみたい」とポロッとこぼしたら、「じゃあワシントンにいらっしゃい」ということになり、スミソニアン博物館でボランティアスタッフとして働くことになった。
近田 トントン拍子に話が進んだねえ。具体的にはどんな仕事をしてたの?
スミソニアン博物館の保育所で子どもたちのお世話
阿川 スミソニアンっていうのは19以上の施設から成る巨大な博物館群だから、6,000人以上の正職員を抱え、さらに同数に近いほどのボランティアがいるんですよ。そして、その職員の子どもたちを預かる専門の保育所が設けられている。
近田 さすがはアメリカ、スケールが大きいねえ。
阿川 その保育所で、私は3歳から5歳ぐらいの幼児たちのお世話をしてたんです。いろんな人種がいて、どの子もかわいくってねえ。
近田 慶應幼稚舎でも小学生に囲まれてたんだから、そういうのはお手の物でしょ。
阿川 子どもたち相手だったら、ブロークンな英語だって何とかなるだろうと思ったんですが、それは完全な勘違いでした。
近田 そういうもんなの?
阿川 こいつは言葉分かんないなと思っても、大人ならゆっくりしゃべってくれたり言葉を選んでくれたりするじゃないですか。でも、子どもにそんな配慮はない。ある日、一人の女の子が泣きながら「アイム・スケー」と言ってくるんだけど、意味が分からず、何度も聞き返したら、もういいとばかりに、私のもとを去っていきました。
近田 「スケー」って何だったの?
阿川 I’m scared. つまり、怖いって意味でした。恐怖すら忘れるぐらい、私のリスニング能力に呆れてしまったらしい(笑)。そのうち、サワコというボランティアスタッフは英語が全然分からないという事実がみんなに浸透し、その結果、新たに与えられた仕事は、絵本『きかんしゃトーマス』の朗読でした。
近田 『きかんしゃ やえもん』の作者の娘が、『きかんしゃトーマス』を!(笑)
阿川 私が読み聞かせをすると、子どもたちはゲラゲラ笑ってるわけ。ああ、これは朗読が上手いからウケてるのかなあと喜んでいたら、一人の子が「サワコがひどい発音で読んでるぜ」みたいなことを言っているのが聞こえてきた。
近田 子どもは容赦ない。残酷なところがあるからねえ。
