現在、日本に約3,300基ある灯台。船の安全を守るための航路標識としての役割を果たすのみならず、明治以降の日本の近代化を見守り続けてきた象徴的な存在でもありました。

 建築技術、歴史、そして人との関わりはまさに文化遺産と言えるもの。灯台が今なお美しく残る場所には、その土地ならではの歴史と文化が息づいています。

 そんな知的発見に満ちた灯台を巡る旅、今回は2020年に『少年と犬』で第163回直木三十五賞を受賞した馳星周さんが富山県の岩崎ノ鼻灯台と石川県の新・旧福浦灯台を訪れました。

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幼き日に夢見た灯台の中へ

 わたしが生まれ育ったのは北海道の南部、日高地方の浦河町だ。日高地方はサラブレッドの生産と漁業が生業のメインで、どの町も、太平洋と放牧地に挟まれる形で人の住むエリアが形成されている。

 夏は涼しく、冬も北海道にしては寒さが厳しくはなく、雪も少ない。

 その気候に宮内省(現・宮内庁)が目をつけて、御料牧場を作ったのが、日高の馬産に先鞭をつけたと言われている。

 また、日高昆布を代表とする海産物も美味しい。ウニやツブ貝、鮭。想像しただけで涎が出てくる。

 浦河港の突端に灯台があった。中はどうなっているのだろう? あの光はどうやって灯されているのだろう? そう思ったことは度々あったが、中に入ったこともなければ、近寄ったこともなかった。

 それでも、灯台はいつもそこにあり、わたしが見る風景の一部と化していた。

 今は長野県の軽井沢町で暮らしている。灯台どころか海すらない。浦河を離れて五十年。わたしは灯台とまったく無縁に生きてきた。

 能登の灯台を巡らないかと提案されたとき、わたしの頭に真っ先に浮かんだのは浦河の灯台だった。

 わたしは七年ほど前から、夏の数カ月を浦河で過ごすようになっている。幼いわたしが見ていたものと同じかどうかはわからないが、灯台は以前と同じ場所にあり、初老の域を迎えたわたしの目に映る風景の一部と化している。

 そうか。灯台に行き、中を見るのか。

 幼い日にぼんやりと考えていたことが、半世紀以上の時を経て現実のものになる。人生は面白い。

 ああしたい、こうしたい。ああしよう、こうしよう。

 そういうことはもうやめて、成り行きにすべてを任せよう。そう思ったのは四十代半ばのころだったろうか。それを境に、わたしは様々なジャンルの小説を書くようになった。夏には故郷に戻り、かつてはあり得なかった灯台巡り紀行の仕事も来るようになった。

 人生は、あれこれ思い悩むだけ無駄なのだ。

 なるようになる。なるようにしかならない。

 さて、人生で初めて訪れる灯台はどんなもので、どのようにわたしを迎えてくれるのか。

 ちょうど一年前、わたしは別の仕事で金沢を訪れた。その時、金沢は雪化粧をしていたが、今年は雪がない。この冬は異常なほどの積雪に見舞われたのだが、それも先週でほとんど溶けてしまったと地元の方がおっしゃっていた。夏だけがどんどん長くなり、その他の季節が短くなっているのは日本全国、どこも同じなのだろう。

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