展示物の中でひときわ目を引いたもの
かつては発電機が置いてあったという空間に、岩崎ノ鼻灯台にまつわる品々が展示されていた。すべて星野さんがやったそうだ。
やはり、灯台オタクなのである。愛あるオタクは本当に素敵だ。
展示物の中でひときわ目を引いたのが、幾何学的な構造を持った大きなガラスだった。
「これはフレネルレンズと言いまして、この灯台で以前、使っていたものです。処分してしまうところが多いのですが、わたしは愛着がありまして、今日、馳さんがお見えになるというので念入りに磨いておきました」
ああ、ありがとう、星野さん。フレネルレンズがいかなるレンズか皆目見当もつかないが、わたしはこの美しいガラスに魅入られてしまったよ。
星野さんが事細かくフレネルレンズについて解説してくれる。
このレンズはオーギュスタン・ジャン・フレネルというフランス人が一八二二年に発明した。それ以前の灯台に使われていたのは凸レンズだったのだが、光を遠くまで投射しようとすればレンズが巨大で重くなりすぎる。フレネルはその解決策としてこのレンズを考案した。
小さなレンズを同心円状に配置するというのが基本構造で、断面はノコギリ状になる。厚みが減り、巨大な凸レンズより製造しやすい。
このレンズの登場により、世界の灯台のあり方が様変わりしたそうだ。
岩崎ノ鼻灯台では、このフレネルレンズで三十数キロ先まで光を投射することができたそうな。
数学音痴、物理音痴なので細かいことはよくわからない。だが─
「星野さん、とにかく美しいです、このレンズ」
「そうでしょう。わたしも本当に美しいと思います」
「時代の流れでしょうがないんでしょうが、残してほしいなあ、フレネルレンズ。さっき見せてもらったLEDのチップじゃ味気ないじゃないですか」
「ですが、もうフレネルレンズは製造されてないんです。製造できる人ももう居ません。破損しても、もう直せないんですよ」
「だったら、現存してるフレネルレンズを大切に保管しなきゃ」
「そうしたいですねえ」
それからしばしフレネルレンズについて歓談。使うレンズの大きさや設置角度の計算が緻密に行われていることを聞いたり、レーザーポインタをある角度でレンズに照射すると内部で屈折が起こって別方向に光が飛ぶとか、楽しい経験の連続だった。
後で知ったところ、カメラのフラッシュにもこのフレネルレンズが使われているそうだ。
わたしは一眼レフカメラで、軽井沢の自然を背景に愛犬の写真を撮ることを趣味にしている。フラッシュに使われているとは知らなかったが、潜在的にフレネルレンズに惹かれる体質だったのかもしれない。
灯台の外に出ると、地元と灯台について詳しいという識者の坂廣志(さかひろし)さんに話を聞く。フレネルレンズに時間を取られてしまい、取材時間が押してしまった。
最後にもう一度フレネルレンズを見せてもらい、眼下に広がる満開の桜を見るために、必ずもう一度ここに来ると星野さんに伝えた。
「絶対に来てください。ただし、その時にはわたしはここにいないかもしれませんが」
星野さんが言った。
そうか。海上保安庁職員は公務員。転勤が常なのだなあ。
どうか、星野さんの後任の方も、フレネルレンズを大切にしてくださいますように。
名残を惜しみながら、岩崎ノ鼻灯台を後にする。高台から降りたところによさげなコーヒーショップがあり、そこでコーヒーをテイクアウト。これがとても美味しいコーヒーだった。
「伏木、いいところだなあ。絶対に桜を見に来ような」
同行の編集者たちにそう話し、一路、能登半島は石川県、次の取材先の灯台、新旧福浦(ふくら)灯台の近くにある宿へ向かう。
