年をとってから人目をまだ気にしてようが、美容に必死だろうが、いいじゃないの

――具だくさんの汁を見ると、その記憶がつながって出てくるわけですね。今回『キャベツ炒めに捧ぐ リターンズ』は編集者から提案されて引き受けた、とのことですが、そういったオファーにはわりと乗るほうですか。

井上 30年以上小説家をやってきてますが、提案されたものを「いいかもね……」と思ってやってみると失敗するんですよ、わりかし。いや、そうでもないかな。提案した編集者が悪いわけじゃないんです。うまくいくときと、いかないときがある。「死」を、あるいは「書くこと」をテーマにして、というオファーのときはすごくうまくいったけど、「働く女性をテーマに」と言われたときはだめでした。私、会社勤めの経験がないからまったく分からなくて。取材はしたんです。でも、取材した方向に流れちゃってうまく小説を作れなかった。そのときは単行本にしませんでした。

――「つまらない小説を読んでいると、あらすじを読まされている気になる」なんて荒野さんは以前に書かれてましたが、そんな感じだったのですか。

井上 ううん、私が取材に向いてないんです。人に話を聞くと、その人に気を遣っちゃう。話を壊せなくなる。壊すのが自分の本領ということですね(笑)。そのとき以降、本筋に関わる人に会って話を聞くのはやめました。

――本作の舞台は惣菜店ですが、これも取材などされず?

井上 想像ですね。ただ、若い頃に東松原ってところで暮らしてたとき、近所においしいお惣菜屋さんがあったんです。そこに麻津子(※本作の主人公のひとり)みたいな、すっごく愛想の悪い店員さんがいて、それが頭にありました。どんな惣菜があったかとかは覚えてませんが、お惣菜なら自分も毎日作っているし、書けるかなと。

――麻津子は実在の人物にヒントを得ていたんですね……! 麻津子、江子、郁子。主人公たちの名前とキャラクターがとてもしっくり来るのですが、設定と共にネーミングは創作上の大きなポイントでしょうか。

井上 ポイントですね、これは自分だけの感覚ですけど。やっぱりその小説に一番しっくりする名前を思いつくまで書き始められない。だから、すごく考えます。すごく凝った名前にしたほうがいい場合と、シンプルなほうがいい場合とあるんですけど。「小説が要請する名前」っていうのが、私の中にはあります。思いつかないときなどは、地図帳を見て、地名からヒントを得るときもあって。これは父(※小説家の井上光晴氏)がやっていたやり方なんですけどね。

――続編に入って、郁子たちも60代後半に。さっき彼女たちを「やりたい放題」なんて表現もされてましたが、「年をとっても気持ちまで老けていかなくてもいいじゃない」というのをひとつテーマにしたい気持ちが、荒野さんにはあったとか。

井上 そう、ありますね。「年齢なり」とか別に考えなくてもいい。誰がその年齢の基準を決めるのよ、と(笑)。あるとき取材を受けて、「年を重ねてラクになったことってありますか?」って訊かれたんです。そのとき「別にラクにならなくたって、いいじゃん!」と思ったんですよ。年をとってラクになるって最近いいことみたいに言われるけど、別にそうならなくてもいいでしょうと。あ、質問した方に悪意とかはないって分かってるんですよ。

――若い頃って自意識過剰なことも多いから、そういうのから解放されて「ラク」になれる、といった意味ですよね。

井上 分かるんです。でもね、年をとって……例えば人目をまだ気にしてようが、美容に必死だろうが、いいじゃないのと。解放されなくていいと思うんですよ。もちろん解放されるのもいいけど。でも私は、人目を気にするってことと無縁に生きてきたし、そういうのと本当に無縁な家に生まれ育ってしまった。だから、そういう「つらさ」って全然なかったんです。

――「キャベツ炒めに捧ぐ リターンズ」の主人公の郁子、江子、麻津子は時折人目とは無縁な行動をすることも珍しくないですが、そのへんは荒野さんの子どもたち、な感じもしますね。

井上 別に年をとってからも自意識ありまくりでいいじゃーん、って思うんです。人目を気にしようが、新しい恋をしようが、その相手がダメ男だろうが、いいじゃんって。いくつになったとしてもね。

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井上荒野(いのうえ・あれの)

1961年東京都生まれ。成蹊大学文学部卒業。1989年「わたしのヌレエフ」で第1回フェミナ賞を受賞し、デビュー。2004年『潤一』(新潮文庫)で第11回島清恋愛文学賞、2008年『切羽へ』(新潮社)で第139回直木賞を受賞。『あなたがうまれたひ』(福音館書店)など絵本の翻訳も手掛けている。

聞き手 白央篤司(はくおう・あつし)

フードライター、コラムニスト。「暮らしと食」をテーマに執筆する。主な著書に『にっぽんのおにぎり』(理論社)、『自炊力』(光文社新書)、『台所をひらく』(大和書房)、『はじめての胃もたれ』(太田出版)など。旅、酒、古い映画好き。
https://note.com/hakuo416/n/n77eec2eecddd

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