CREAが取材してきた数多の温泉宿から、ひとりに優しい魅力ある温泉宿をセレクト。いつか訪れたい憧れの宿、再訪したい思い出の宿、絶景を楽しむサウナも併せてご紹介。
名湯の地の連綿と受け継がれてきた風格ある空間で湯浴みも食事も睡眠も、さらには設えや庭を愛でるのも、ひとりなら心静か。これ以上の贅沢はありません。
空間がいきいきとして、そこにいると“気”がもらえるような
●あさば[静岡・修善寺温泉]
むしろひとりのほうが感じ取りやすいのは、空間や意匠に宿る美意識だろうか、あるいは主が込める真摯な姿勢や心だろうか。
伊豆・修善寺の名宿「あさば」。創業527年、さぞや建物や設備も年季が入っているだろうという安易な想像は、さくりと裏切られる。
入り口ののれんをくぐった真正面に広がるのは、池ごしに見える能舞台。ただそれだけを際立たせるように、余計なものは何ひとつない、端正なエントランス。柱の1本1本、窓の桟に至るまでさっぱりと気持ちよく、金色に輝いている。決して味のある飴色、ではない。
そして夢想する。たとえば世にあまたある歴史的建造物も、建てたばかりの頃は、きっとこういう空気感だったのではないだろうか、と。
部屋まで案内いただく道すがら、畳敷きの廊下はまるで神聖な舞台のようで一瞬ためらうものの、踏み入れると足もとはあたたかく快適で、たちまち安堵する。
部屋は、いずれもクリーンでシンプル。さりげなく置かれた家具はモダンで、作りがいい。
こうした、ちょっとしたディテールから、宿としての信念をことごとく感じるのだ。何かを飾り立てるより、メンテナンスが行き届いているほうが重要。老舗だからといって、それを押し付けることをしないこと。ましてや埃っぽくくたびれた資料館のようになってしまっては、元も子もない。もっとも望ましいのは、とにかくシンプルで、清潔であること。ほどよい緊張感があること。空間がいきいきとして、そこにいると“気”がもらえるような。
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- staff
- Text=Mitsuharu Yamamura
Photographs=Takafumi Matsumura - keyword
CREA Due 2026年1月号
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。
