#084 Malacca
マラッカ(マレーシア)
東洋と西洋の文化がここで出会った
マレー半島の南西部に位置する、マラッカ。15~16世紀から始まった東西貿易の中継地として、500年もの長きにわたり繁栄した港町です。
そんな良港として開かれる前の1400年頃、小さな漁村だったこの地に、スマトラ島から新天地を求めてパラメスワラ王子がやってきました。ある日、ハンティングを楽しんでいる最中に、狩猟犬が小鹿を追い詰めているところに遭遇。ピンチの小鹿は決死の一撃でボス犬を打破。勇気ある小鹿に深く感銘を受けた王子は、ここに建国しようと決心し、そこにあったマラッカ・ツリーの木を国の名前に定めたといわれています。
このマラッカ建国のお話をしてくれたのは、ホテル「ザ・マジェスティック・マラッカ」が開催しているヒストリカルツアーでガイドをしてくれたプラナカンの女性です。マラッカは実にユニークな文化が花開いた土地で、この“プラナカン”文化も特徴のひとつです。
プラナカンとは、マレー語で「ここに生まれた」という意味があり、15世紀後半から主に福建省より移住してきた男性と、地元の女性の間に生まれた子供たちを指します。男性をババ、女性をニョニャと呼び、総じて“ババ・ニョニャ”とも。
彼らは中国とマレー、そして西洋の文化をミックスし、独自の華麗なるプラナカン文化を育みました。いわば、マレー半島のセレブリティです。
プラナカンの人々の習慣として、嫁入り前の娘のしつけは、かなり厳しかったもよう。プラナカンの女性は年頃になると、外出が禁じられ、“ショップハウス”という彼ら特有の家の奥で料理や刺繍の腕をひたすら磨くのです。
ショップハウスとは、1階が店舗、2階が住居となった建物で、マラッカでは初期のオランダ様式に始まり、年代によって変遷した様々なデザインのものが見られます。
2016.02.27(土)
文・撮影=古関千恵子