色紙を巡る有名人の条件について考える

雑貨屋とカフェも兼ねている「橙書店」(外部サイト)。

 その意味ではこのリユニオン・ツアーを東京や京都ではなく、熊本でやって大正解! ということになるのだが、名を隠したままの取材に対応してくれた熊本県庁「くまモン」担当者や、赤崎小学校のある津奈木町役場の若いスタッフ、漱石の旧家の所有者、万田坑やSL列車、旅館の女将やジャズ喫茶のマスターやお好み焼き屋の兄ちゃんたちは、もしかしたらCREAが出て、初めて真相を知って悶絶!「なんで色紙書いてもらわなかったんだ(怒)」と上司に叱責されちゃうかもしれない。ま、しょうがないですけど。

 そういえば! 11年前の「東京するめクラブ」で、熱海に行った時のこと。熱海湾に面した突堤に「ふしぎな町1丁目」というビザールな観光施設があった(現在は伊豆に移転して営業中)。そこは「昭和のレトロ変態編」というような個人コレクションを詰め込んだ奇妙なミュージアムで、僕ら3人が喜んだり、目を背けたりしながら館内をうろついていると、館長さんが僕の脇にそっと近寄ってきた。

「あの、あちら村上春樹さんですよね?」

「あ、ハイ、そうですけど」

「え~、もしかして色紙なんか書いて……いただけないでしょうねえ?」

「う~ん、難しいんじゃないかなあ」

「やっぱりそうですよね……」

 と、肩を落としつつ切符売り場に去っていった館長。

 「色紙を書いてください」と言われるようになったら有名人、成功者と世間は思うだろう。でも、色紙を書いてもらいたいけどお願いすらできないという、成功のその上も世の中にはあるのでした。

 あ~、早くもういちど熊本に戻って、橙書店のみんなと、苦労話聞きながら泥酔したい!

村上春樹さんの「熊本旅行記」をめぐる
ちょっとしたこぼれ話

2015.08.13(木)
文・撮影=都築響一

CREA 2015年9月号
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。

この記事の掲載号

本とおでかけ。

CREA 2015年9月号

街へ公園へ、空想の世界へ
本とおでかけ。

定価780円