朗読会を開いた「橙書店」の気苦労は如何に
村上さんはさらっと書いているが、今回の企画でいちばん大変だったのは、なんといっても朗読会を開いた「橙書店」のオーナー、田尻久子さんだったにちがいない。2013年に京都大学で講演があったほか、村上さんがこういうかたちで書店でトークをするのは、たぶん2004年に東京の青山ブックセンター本店で開いた、これまた単行本『東京するめクラブ 地球のはぐれ方』の刊行記念トーク以来だと思う。
でも、あのときは3人で公開対談しただけなので、今回は1995年以来(と村上さんは書いている)、20年ぶりとなる日本での書店朗読会。それもたった30人で超満員という小さな本屋さんである。全国の熱烈ファンはもちろん、マスコミにも絶対に知られないようにしながら、選びぬかれた常連さんのみにこっそり個別に声を掛け、「ほかの常連さんにも、友達にも言わないで、ツイッターにもFacebookにも書かないで」と念を押しての、準備作業。
橙書店は雑貨屋とカフェも兼ねていて、常連さんたちにとってはカフェでのなごみタイムも重要なので、いつものようにカウンターで一緒にお茶しながら、「このひと、声かけられたんだろうか?」とか思いつつも口に出せない辛さ……笑。声かけてもらったひとたちも、黙ってるのは大変だったろうが、声かけてもらえなかった常連さんたちに、田尻さんがイベント後にどう対応したのかと思うと……涙。ほんとにご苦労様でした!
村上春樹さんがマスコミにめったに登場しないのは、「顔を知られてしまうと、ふつうに街を歩いたり走ったりする生活ができなくなるから」という。今回も5日間いろんな場所をめぐって、2回ほど本屋で「顔バレ」したほかは、ほとんど「あ、村上春樹がいる!」などと騒がれたことはなかった。実は旅行中、ときどきツイッターで「村上春樹 熊本」とか検索してみたが、だれもなにも書いていなかった。
2015.08.13(木)
文・撮影=都築響一