弘法大師・空海が中国から持ち帰った、さまざまな新しいビジュアル

八大童子は不動明王の眷属だが、そうした「脇役感」のない、キャラの立った表現が魅力的。国宝「八大童子像」運慶作 鎌倉時代 12世紀(一部、南北朝時代 14世紀) 金剛峯寺蔵 (左から指徳童子、恵光童子、矜羯羅童子、制多伽童子、烏倶婆誐童子、清浄比丘童子、恵喜童子、阿耨達童子) ※無断転載禁止

 釈尊入滅ののち千年。インドに勃興した新しい宗教運動は、人が仏となるための「最短」の道筋を示した。聖と俗とを包摂した巨大な思考と儀式の体系=密教は、チベットや中国へ伝わり、やがて一人の日本人僧へと受け渡される。それが高野山を開いた、弘法大師・空海だ。

 奈良時代末期、南都仏教はインドや中国から持ち込まれた精緻な教理体系の習得を眼目に、ある者は政治に容喙(ようかい)し、ある者は勉学に打ち込んで衆生を顧みることがなかった。南都の僧であった空海は、既存の宗派が抱えるさまざまな矛盾の中から自らのテーマを摑み出し、唐で密教を学び、その理論を天台宗と華厳宗まで包摂したものへと昇華させる。

「五大にみな響きあり/十界に言語を具す/六塵ことごとく文字なり/法身はこれ実相なり」と記した『声字実相義』で空海は、五大=自然=衆生の発する音にはすべて、同質の存在であるはずの仏が語る真理の響きが宿っている。葉ずれの音も、鳴き交わす鳥のさえずりも、究極の法身仏による説法であり、どころか目に映る形も色彩も、一切が奥深い仏の真理なのだ──と説いた。

 安直な理解なら、人はその身のまま既に仏であり、目に映り、耳に聞こえるもの、五感が捉える感覚はすべて仏の真理の顕れとする、汎神論的な帰結へ向かいかねない。だからこそ日本人の自然観に無理なく添い、広く受け入れられてきたとも言えるだろう。どうすれば仏の究極の言葉を聞き逃さず、生死の闇から解き放たれるのか。深遠さとそれが俗化した時のわかりやすさを併せ持つからこそ、空海の教えは魅力的なのだ。

左:性悪をあらわすものとされるが、童子中もっとも優れた造形。国宝「制多伽童子像」(八大童子像のうち) 運慶作 鎌倉時代 12世紀 金剛峯寺蔵 ※無断転載禁止
右:インド僧金剛智から不空、恵果、空海へ伝わった「密教正系の証」。国宝「諸尊仏龕」唐時代 8世紀 金剛峯寺蔵 ※無断転載禁止

 来年2015年は、弘仁7年(816)に勅許を得た空海が、密教の根本道場として高野山を開いてから1200年となる節目の年。その記念に開催されるのが、「高野山の名宝」展だ。通常の人間の感覚では捉えることのできない、仏の世界で語られる真理の言葉を、あえて人間の感覚世界にもたらそうとするなら、それは神秘的、象徴的なイメージや、真言(マントラ)によるしかない。そのために空海は曼荼羅や法具、多面多臂の尊像など、さまざまな新しいビジュアルを中国から持ち帰った。

 以来、高野山に現代まで受け継がれてきた空海の遺品や、日本で独自の発展を遂げた仏像や仏画などの壮麗な密教美術の至宝の数々を紹介。特に鎌倉時代、仏像彫刻に新風を吹き込んだ、運慶の手になる《八大童子像》全8軀が揃って見られる貴重な機会でもある。真理に至る秘奥の教学と、それをビジュアライズした濃艶な造形とで密教の精髄を味わうことができる、またとない展覧会だ。

高野山開創1200年記念『高野山の名宝』展
会場 サントリー美術館 東京ミッドタウン ガレリア3階
会期 2014年10月11日(土)~12月7日(日)
料金 一般1,300円(税込)ほか 
電話番号 03-3479-8600
URL http://suntory.jp/SMA

2014.11.15(土)
文=橋本麻里