安室奈美恵とSPEEDの音楽性の違い

 安室奈美恵with SUPER MONKEY’Sは、「学園天国」「個人授業」などのヒットで知られるフィンガー5から続く、ある種の沖縄出身の芸能者特有のエキゾティシズムをまとっていた。ステージでは空手の型を披露したりもしていたし、そこにはまあ、出稼ぎ的な苦労人の印象もあったであろう。実際、彼女たちは、下積み時代にドサ回りというべき営業活動を繰り広げていた(いろいろ調べると、こんな僻地のこんな地味なイベントにあの安室奈美恵が出ていたのか、と驚くことがある)。

 音楽性についていえば、安室らは、当時流行っていたユーロビートを基調にしていた。それは、短絡的にパラパラと言い換えてもよかろう。つまり、ギャル文化である。その後、安室奈美恵は、ご存じの通り、渋谷109の匂いが濃厚な時代を脱し、小室哲哉プロデュース時代を経て、洗練されたモードの世界へと脱皮するわけだが。

 SPEEDは、先達が踏み固めた地盤の上に、颯爽と登場した。ごくごく若い、というかいっそ幼い彼女たちは、とにかく無垢に映った。下世話な澱にまみれていなかった。

 音楽性にしても、ダンスミュージックではあるものの、ドメスティックでウェットでズンドコした、よさこいの土俗性にすら通じるようなディスコ歌謡ではない。同時代の米国のR&Bやヒップホップとシンクロナイズするコンテンポラリーなセンスにあふれていた。そこには、大衆的な受けに媚び、ケレンに振ったエグ味がない。ストリート発を思わせる自然体があった。ディスコとクラブの違い、と言ったら分かりやすいだろうか。

次のページ NewJeansが登場した時と似た空気