2025年、日本におけるクマによる人身事故の被害者は238人、そのうち13人が死亡。いずれも統計開始以来、最悪の数字だといいます。ここでは、迫りくる獣害の実態とそれに立ち向かうハンターたちの死闘を描いた『羆(ヒグマ)を撃つ』(伊藤秀倫 著、文藝春秋)を一部抜粋して紹介します。
専門医が語る、クマによる外傷のリアルとは――。(全2回の前篇/続きを読む)
◆◆◆
「クマにやられた傷は治療が難しい」
クマに関する取材をしていると、しばしば聞く話ではある。
中には「クマの爪でやられると、3、4本の傷が並行するから、お互いを縫い合わせるのが難しいんだ」と訳知り顔で言う人もいた。なるほどそんなものか、と思っていたが、中永士師明(なかえはじめ)医師(秋田大学大学院医学系研究科救急・集中治療医学講座教授)は、きっぱりと否定した。
「クマによる外傷がナイフのような綺麗な線状の傷になることは、ほとんどありません。傷口は、はっきりいってグチャグチャな状態になります」
患者の状態に“絶句”
その中永がクマに襲われた患者を初めて見たのは、今から30年以上前、岩手医科大学に勤務していたときのことだった。
それまで大阪や横浜など都市部での救急医療に携わってきた中永にとっては、クマが出ると言うこと自体驚きだったが、搬送されてきた患者の状態を見て、文字通り絶句したという。
「襲撃時の状況など、細かいことは覚えてないのですが、顔面をひどくやられていました。それまでも犬とか馬など他の動物による外傷は見たことがありましたが、全く違っていたんですね。とにかく瞬間的にすさまじい外力(外から受ける力)が働いたことが一目でうかがえる外傷でした」
医師であっても、通常はクマによる外傷を治療する機会はほとんどなく、研修などの過程で知識としてそれを教えられることもないという。
中永が初めて見るクマ外傷は、動物による傷というよりも、むしろ交通事故などによる「高エネルギー外傷」に近い印象を受けたという。
