ロロ・ピアーナと生地を巡る無二の旅の物語
ピエモンテ州、クアローナ。アルプス山脈の麓の自然あふれる町で、そこに向かう途中の景色は日本の山村の趣を感じさせる。
秋には山の木々が美しく紅葉し、その間を縫うように延々とセージア川が流れている。この地域はイタリアでも有数の良質な糸と織物の産地だが、それはカルシウムやマグネシウムを含まないセージア川の極めて純粋な水が、繊維の洗浄、染色、仕上げに適していたことに起因する。
そんな山間の田舎町にこつ然と現れるのが、世界的な知名度を誇るラグジュアリーメゾン、ロロ・ピアーナの本社と生地工場だ。洋服やファッション小物を扱うハイブランドだと認識していた人もいるかもしれないが、実は同社は糸から生地までを自社で完成させる世界でも稀有なメーカーなのだ。
生地に寄り添って築いた100年超の歴史
ロロ・ピアーナの歴史は、創業者ピエトロ・ロロ・ピアーナがテキスタイルビジネスをスタートした1924年に遡る。元々ロロ・ピアーナ一族は、高級毛織物などの毛織物商を営んでいたが、ピエトロが機械化工場を設立して生地の製造に乗り出した。
第二次世界大戦直後、その甥であるフランコ・ロロ・ピアーナが家業を継承し、最高品質のウールサプライヤーとしての地位を確立。世界のハイブランドに生地を供給するようになった。フランコの没後は、息子のセルジオとピエール・ルイジがメゾンを拡大。兄のセルジオはその卓越したセンスで、ラグジュアリーメゾンとしての地位を築き、弟のピエール・ルイジは世界中から最高の素材を調達、および開拓し、上質な生地へと加工することでメゾンの可能性を広げた。
先ほど“同社は糸から生地までを自社で完成”と述べたが、正確にはそれだけではない。ロロ・ピアーナは糸の前の原材料、ひいてはそれを生み出す動物の育成や保護から関わっている。メリノウールの非常に細い糸で織ったウール「タスマニアン®」を皮切りに、その挑戦はカシミヤやビキューナといった希少繊維にも向かった。
さらに無染色で黒い羊の毛を用いることでダーク系の色合いを持つ羊毛「ペコラ・ネラ®」、18世紀にスペイン国王がザクセン選帝侯へ贈った逸話にちなんで命名された12ミクロンの細さを誇るメリノ羊毛「ザ・ギフト・オブ・キングス®」、ミャンマーの蓮から採取した繊維で織られる「ロータス・フラワー®」などにも及ぶが、ここでは、同メゾンのアイコンであるカシミヤにフォーカスしよう。
ロロ・ピアーナのカシミヤへの挑戦は、1986年にピエール・ルイジ・ロロ・ピアーナが初めて中国を訪れたことに始まる。上質のカシミヤは、大人のカプラ・ヒルカス山羊から採取される極細の産毛のみを使用する。生息地の過酷な砂漠気候から山羊の体を守る産毛は、気候が穏やかになる春に自然に生え変わる。ロロ・ピアーナはその生え変わる毛を使用している。
1頭の山羊から採取される産毛は450~500グラムほどで、梳き取った毛は約200グラム程度にしかならないが、ロロ・ピアーナは、量よりも質を重視し、環境や動物福祉、地域住民への配慮を徹底している。その原材料の開拓は、中国、特に内モンゴルにおける千年の歴史を持つカシミヤの伝統を保護して、現地のブリーダーとの強固な関係を築くことで進めてきた。
また、2009年以来、ロロ・ピアーナはカシミヤ繊維の品質と繊細さを向上させながら、生産量を最適化し、アラシャン山羊を保護することを目的とした選別プログラム 「ロロ・ピアーナ・メソッド」 を実施している。
また、アラシャン山羊のブリーダーとその生産に関わる人々を支援および報奨するために、2015年には「ロロ・ピアーナ・カシミヤ・オブ・ザ・イヤー賞」を設立した。これによって、2024年には、グリースファイバーの細さがわずか12.8ミクロンという2015年の最初の受賞時から1ミクロン以上も減少する世界新記録を達成。カシミヤの質は日々向上しているのだ。
そのようにして得た貴重な原材料を、上質な生地へと変身させる、ロロ・ピアーナの自社工場へと話を戻そう。
同社ではクアローナ本社に隣接する工場にて染色、毛織を行い、近郊のロッカピエトラの工場で紡績を行っている。中国とモンゴルから調達したカシミヤとベビーカシミヤの原材料は、このロッカピエトラの工場に集まる。
原材料がストックされている倉庫からは、動物のにおいが漂い、大草原に瞬間移動したような錯覚に陥る。そしてその原毛を手に取ると、触れていることに気づかないほどの軽さとやわらかさだ。
これらの原材料は工場内の専用ラボにて、顕微鏡で毛の長さや太さを測定し、品質のバランスを調整する。ちなみに細いほうがきめ細かくなり、長いほうが毛玉になりにくい。
それから毛の塊を、傷つけないように空気中でほぐす作業に入る。これにより、繊維と空気の適切なバランスを確保する。
その後、繊維の束を薄く延ばした後、撚りをかけて強度をアップさせながら、糸状にしてボビンに巻きつけていく。
繊維の水分を保つため、工場内の湿度は67~70%、温度は25℃にコントロールされているという。工場に入ると、ずっしりと重い空気が漂うのはそのせいだ。
- date
- writer
- staff
- Text=Asako Kanno,Miki Tanaka
Photographs=Saki Omi(io)
Styling=Tomoko Iijima
Hair & make-up=Ryoki Shimonagata
Model=Shirui(AUBE)
CREA Traveller 2025年冬号
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。










