現代社会に生きる私たちは、常に「速さ」と「効率」という見えない圧にさらされています。情報は秒速で更新され、人生のイベントすら「タイパ」で測られてしまう。そうした強迫観念的な日常のカウンターとして、私たちは無意識のうちに、その真逆にある『ひらやすみ』のような生き方を求めているのかもしれません。

 NHKの夜ドラ『ひらやすみ』は、現代人の心にぽっかりと空いた「休息」の空白を埋めてくれる、まさに今、全疲弊者に捧げたいヒューマンドラマです。


いとこ同士のゆる~い共同生活、なぜ共感?

 真造圭伍氏の同名人気漫画を原作とし、舞台は東京・阿佐ヶ谷の、どこか懐かしい一軒の平屋。主人公の生田ヒロト(岡山天音)は、29歳のフリーター。元俳優ですが、現在は近所の釣り堀でアルバイトをする、将来への焦りも、恋人も、定職もない、どこまでもマイペースなお気楽自由人です。

 彼は、ひょんなことから親しくなった近所の“ばーちゃん”・和田はなえ(根岸季衣)から、一戸建ての平屋を譲り受けます。そこに、美大進学のために山形から上京してきた従妹の小林なつみ(森七菜)が転がり込み、二人の共同生活がスタート。

 勝ち気で自意識過剰、夢を抱えながらも現実にもがく18歳のなつみと、世の速度に全く影響されないヒロト。価値観も生活のペースも全く違う二人のもとには、仕事一筋で心に余裕がない不動産会社勤務の立花よもぎ(吉岡里帆)など、「生きづらい」を体現するかのような人々が集まってきます。

 本作の魅力の核を担うのが、個性豊かな実力派キャスト陣です。特に主人公、ヒロトを演じる岡山天音さんの唯一無二の風格は、このドラマの根幹を握っています。

 岡山さんが作り出すヒロトは、社会の一般的な物差しでは測れない、浮世離れした「達観した自由人」でありながら、どこか憎めない愛嬌と、繊細な優しさを併せ持った人物。

 セリフの微妙な間(ま)や、何事にも動じないゆったりとした佇まいは、まさに漫画からそのまま抜け出てきたよう。ヒロトの存在は、私たちに「急いで生きる必要はない」というメッセージを、押し付けがましくなく、そっと心の隙間に滑り込ませてくれます。

ほとばしる10代の不器用さ…「なつみ」役の森七菜が凄まじい

 そして、ヒロトの従妹・なつみを演じる森七菜さんの存在感たるや、凄まじいの一言! 月9『真夏のシンデレラ』のヒロイン・夏海役で見せた太陽のような「外向きのエネルギー」とは対極の人物を演じています。

 なつみは10代を経験したことがある人なら誰しもが覚えのある、対人関係の不器用さや、自分の世界を守るための内面的な葛藤を極めてリアルに映し出したキャラクター。

 特に、挙動不審なセリフ回しや、落ち着かない体の動きは、見ているこちらが「共感性羞恥」を覚えるほどの解像度。これは、大人になっても完全に消え去らない、自意識過剰な時期の痛々しい自画像そのものです。

次のページ 抑揚や目の動きが、若き日の宇多田ヒカルにそっくりな場面