なぜ阿佐ヶ谷が舞台なのか?
ドラマのもう一人の主役ともいえるのが、舞台となる阿佐ヶ谷という街と、ヒロトが住む平屋です。阿佐ヶ谷は、都心へのアクセスは良いものの、古き良き商店街や人情味あふれる雰囲気が残る、どこかホッとできる街。
賑やかさと生活感が絶妙なバランスで共存し、ヒロトの「急がない生き方」を優しく包み込んでいます。例えば、劇中にも登場する、街の人々が手作りしたハリボテで彩られる七夕祭りのシーンは、この街が持つ温かさ、人間味の象徴です。
そして、この街の気風が、平屋の持つ包容力と見事にマッチ。阿佐ヶ谷が位置する杉並区は、リベラルな気風で知られ、市民運動も活発で、区議会においても女性議員の比率が高い(50%を超えて過半数、区長も女性)など、多様な価値観が認められる土壌があります。
このような「どんな人でも受け入れてくれる」柔軟でリベラルな街の空気があるからこそ、ヒロトのような自由な存在が、誰からも咎められることなく、伸び伸びと生きていけるのではないでしょうか。
そしてヒロトが譲り受けた一戸建ての平屋。広縁があり、昔ながらのキッチンがあるその家は、なつみが当初不満を述べていたように、「タワマン」とは真逆の空間です。しかし、その畳や古い家具が持つ質感、そして縁側に差し込む午後の陽光は、私たちに実家や、幼少期の原風景を思い起こさせます。
この平屋は、ヒロトという人間性を映す鏡であり、訪れる人々に「いったん立ち止まっていいよ」と語りかけるような、開かれた心の空間であるところもポイントです。
素朴なのに美味しそう…「食事シーン」の立役者は
さらにドラマを語る上で欠かせないのが、「食」の描写。ヒロトが作る目玉焼きを乗せた焼きそば、味噌汁付きのトンカツ、シンプルな野菜炒め、そうめんといった、至って普通の家庭料理。それなのに、画面越しに伝わってくるその美味しそうな湯気と佇まいは、観る者の胃袋と心を同時に満たします。
それもそのはず、本作のフードスタイリストは、映画『かもめ食堂』やドラマ『ごちそうさん』『大豆田とわ子と三人の元夫』など、数々の名作の食卓を手がけてきた飯島奈美さん。
「特別」ではないけれど、「雑」でもない、丁寧に作られた日常の食事。それは、ヒロトの生き方そのものを示唆しているようです。急いで栄養を摂取するだけの「食事」ではなく、誰かと向かい合い、時間を共有するための「食卓」。その温かさが、平屋に集う人々の心を癒やし、私たちに「こういうのでいい、いや、こういうのがいい!」と強く思わせます。
この『ひらやすみ』の世界観は、『団地のふたり』や、『しあわせは食べて寝て待て』(ともにNHKの制作のドラマ)など、現代の日本で密かに愛される作品群と深く共鳴しています。










