〈「村山さん、作家にとって直木賞は特別なんですか?」文芸評論家・三宅香帆が作家・村山由佳に問う!〉から続く
「直木賞が欲しい」と願う人気作家の破壊的な情熱を描いた村山由佳さんの話題作『PRIZE―プライズ―』(以下、『プライズ』)。2025年1月の発売以降、主人公・天羽カインの姿が多くの人の心をざわつかせています。

文芸評論家の三宅香帆さんも本作に魅了された読者のひとり。各所で『プライズ』をご紹介くださっています。
そんな三宅さんと著者の村山さんの対談が実現。その模様をお届けします。(全3回のうちの3回目)
◆◆◆
作家より編集者を書きたかった
三宅 村山さんの『プライズ』には編集者の視点も書かれているじゃないですか。作家さんがここまで編集者視点を書くって珍しいと思いながら拝読したんですけど、編集者の視点を取り入れたのはなぜだったんですか?
村山 本音を言うと、作家を書きたいっていうより編集者を書きたかったんですよ。
三宅 あ、そうなんですね!
村山 作家は、ある程度すでに記号化しているというか、読者の側から見て分かりやすい形というものがあると思うんだけれど、編集者がどういう仕事をしているかとか、作家とどれだけ二人三脚で作品を作り上げるかとか、そういった部分は普段外に見えないことなので、作家を主人公に据えて書くんだったらむしろ編集者をちゃんと書かないと、作家を書いたことにならないなっていう気持ちがありました。
三宅 編集者の書きたい部分っていうのは、職能の部分なのか、編集者側の欲望みたいなものかどちらですか?
村山 両方ですね。私、絶対編集者にはなれないって思うんです。すごいんですよ、編集者さんたちって。自分の名前が載るものでもないのに、どうしてこんなに捨て身になって自分の時間を捧げてくれるんだろうって。私に物書きとしての才能みたいなものがあるとしたら、いちばん大きいのは担当編集者さんに恵まれているってことだと思います。
この人がいたから私はこういう作品を書けたとか、新しいステージに進むことができたとか、そういう意味において本当に優秀な方たちばっかりだったんですよ。でも周りの話を聞くと必ずしもそうとは限らない。やっぱり人間同士だから相性ってありますしね。だから本当に私は恵まれてたと思う。ちゃんとダメ出ししてくれる人ばっかりだったの。
三宅 ダメ出しを全然しない編集者さんもいるって聞いたことあります。
村山 それはもしかしたら書き手がよほど優秀だったのかもしれないけど、私は、指摘されなくなるとすっごい不安なんですよ。作家に定年はないので、こうして還暦過ぎても現役で仕事しているわけじゃないですか。ふっと周りの編集者を見ると全員年下なんですよ、今。二十代の人もいる。そうすると、「ここの文章は……」とか、「ここがちょっと意味が通りにくい」とか、あるいは「ここはこんなふうにした方がもっと良くなる」ってことを言いにくいだろうな、と思って。だからいつも、「とにかく何でも言ってほしい、絶対怒んないから」ってお願いしますね。そしたらみなさん、ちゃんと言ってくれるの。ありがたいことです。
実体験が基になった“あのシーン”
三宅 『プライズ』にはいろいろ好きな場面があるんですけど、カインと千紘がお泊まりするシーンがやっぱりすごく好きで、ああいう女性同士のちょっと仲良くなる感じというか距離が近くなる感じって、すごく分かるな~って思う一方で、こういうのってあんまり読んだことなかったかもっていう感覚になりました。
村山 連載の担当だった旧知の男性編集者がですね、妙に興奮するんですよ、そういうシーンを読むたびに(笑)。
三宅 え~面白い!

村山 ……というか、あのシーンは実体験を基にしてるんです。
三宅 え?
村山 直木賞をいただいた『星々の舟』という作品があるんですが、そのときの書籍編集の担当者が女性で、すごく仲良くなって。当時は私、千葉の鴨川に住んでたんですけど、そこに3~4日泊まりがけで、週末を潰して来てくれて、ゲラの読み合わせをずっとやったんです。
そのとき、ゲラのあるページに「この2行はトルとしてもいいんじゃないでしょうか」って書いてあるのを見て、私はすっごく「ええっ!」って思ったんです。何しろ「決め」というか、歌舞伎なら大見得を切るみたいな感じで書いたところだったから。だけど彼女の言う通りに手で隠してみたら、ない方が強く余韻が残るじゃないですか! 思わず「もっと教えて!」って言いました。そこからじゃないかな、文章を削る方に気持ちが向くようになったのって。
『プライズ』に作中作が出てきますよね、あれは実は私が高校の時に書いた作品をほぼそのまま持ってきてはめ込んでるんですが、最後だけ変えてあります。最後の一行二行について、作中でカインと千紘が徹底的な議論をする部分、あそこに関しては、当時の女性編集者とのやりとりを反映させています。
「書きたい」という衝動
三宅 書く時のモチベーションは作品ごとに違いますか?
村山 違うかもしれない。読者を驚かせたいとき、楽しませたいとき、今までの「村山由佳」を超えたいとき……。たとえば阿部定のことを書いた『二人キリ』や、伊藤野枝のことを書いた『風よ あらしよ』のような歴史小説を書かせていただくときは、最初に「この人のことを書きたい」と思った自分の中の衝動を大事にしようと思っていました。
三宅 どういうところから「書きたさ」が湧いてくるんですか?
村山 その人物の「ここがすごくわかる」と思って書くときもあるし、「ここがちゃんと理解されていないんじゃないか」、「世間で思われているような人じゃない」っていうふうに突き動かされるときも、あるいは知られていない人や職業などについて自分自身が知りたくて書くときもありますね。
三宅 村山さんの書く小説は、男女でも女性同士でも、同じ粘度、同じような深まり方をしているような気がして面白いなと思っているんです。『プライズ』だと、編集者と作家の関係が、ある意味恋愛関係より深くなっていく。仕事のほうが深いところまでいけるっていうのが面白くて。
村山 作家と編集者は、家族にも言わないような秘密を共有するときがあるんです。それが作品の核へとつながることもあって、そうとわかっているからこそ編集者の側も自分の身を削ってさし出してくれる。抜き差しならない、他では替えのきかない関係が、仕事でなければ生まれ得ないって面白いですよね。
三宅 そういう関係性の中からこそ、創作の火が生まれるんだなというのを、今回しみじみと思いました。
村山由佳(むらやま・ゆか)
1964年東京都生まれ。立教大学文学部卒業。93年『天使の卵 エンジェルス・エッグ』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2003年『星々の舟』で直木賞、09年『ダブル・ファンタジー』で中央公論文芸賞・島清恋愛文学賞・柴田錬三郎賞、21年『風よ あらしよ』で吉川英治文学賞を受賞。「おいしいコーヒーのいれ方」シリーズ、『ミルク・アンド・ハニー』『ある愛の寓話』『Row&Row』『二人キリ』など著書多数。
三宅香帆(みやけ・かほ)
文芸評論家。京都市立芸術大学非常勤講師。1994年高知県生まれ。京都大学人間・環境学研究科博士後期課程中退。リクルート社を経て独立。主に文芸評論、社会批評などの分野で幅広く活動。著書『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』『「好き」を言語化する技術』等多数。


二人キリ
定価 2,194円(税込)
集英社
» この書籍を購入する(Amazonへリンク)

風よ あらしよ 上(集英社文庫)
定価 990円(税込)
集英社
» この書籍を購入する(Amazonへリンク)
2025.08.30(土)
文=村山由佳,三宅香帆