ドラマでは、一つの言葉の定義をめぐる試行錯誤が丁寧に描かれます。たとえば、「右」という簡単な言葉一つをとっても、その定義がどれほど複雑で、誤解を生みやすいか。絶対的な基準がない中で、どのように普遍的な定義を導き出すのか。
みどりが「右」を説明する際に言った「朝日を見ながら泣いたとき、あったかい風に吹かれて先に涙が乾く側のほっぺた」という語釈は詩的すぎて辞書の語釈には不向きかもしれませんが、自身の経験をもとにした、血が通った素敵な回答でした。
編集部員たちは、言葉が単なる記号ではなく、人々の思考や感情を形作り、社会を動かす力を持つことを誰よりも深く理解しています。言葉の多義性や曖昧さに頭を悩ませながらも、言葉の「本質」を捉えようとする辞書編纂者たちの途方もない情熱。そして、それに人生をかける重みといったらもう……。お仕事ドラマとしても、胸アツ展開をみせていきます。
さらにこの辞書作りの情熱は、製紙会社で辞書に適した“究極の紙”作りに奮闘する宮本慎一郎(矢本悠馬)の物語とも交錯。彼らの姿は、まさに「神(紙)は細部に宿る」という言葉を体現しているかのようです。

「 今あなたの中に灯っているのは…」しびれるセリフが続出
「辞書って、ただ言葉の意味を羅列したデータベースに過ぎないんじゃないの?」そんな疑問を抱きがちですが、ドラマを観ると、そうではないことが分かります。辞書はまさに、文化と知の集大成であり、私たちが過去から現在、そして未来へと受け継いでいくべき知的な財産。
辞書編纂者たちは、単なる定義付けを超え、言葉の持つニュアンス、使われ方、そしてその言葉が持つ歴史的背景までも深く考察しています。
たとえば、ある言葉が時代とともに意味合いを変化させていく様子。若者言葉が生まれ、やがて一般に浸透していく過程。あるいは、特定の文脈でのみ使われる専門用語や隠語。辞書には、そうした言葉の「生き様」が刻まれていきます。
第2話でみどりは「恋愛」の語釈がこれまで「男女」や「異性」という言葉で語られていたことに意義を唱えます。「恋愛は異性同士だけのものではない」と。ただ、自分の抱くモヤモヤの理由をうまく説明できないみどりに対して、馬締はこう言います。
「うまくなくてもいいんです。それでも言葉にしてください。今あなたの中に灯っているのは、あなたが言葉にしてくれないと消えてしまう光なんです」
しびれました……。本当にその通りだと感じます。SNS時代、人の意見に乗っかったり、誰かの答えをみてそれを自分の答えにしてしまうのは簡単だけど、自分だけの気持ちや、それを導く言葉を紡ぎ出すことこそが大切なのではないでしょうか。
2025.08.19(火)
文=綿貫大介
写真=NHK