大人になってから再会した“初恋の彼女”は…

 夏休みには、故郷の祖母の家に帰っていました。朝から晩までセミ捕り、水泳、山登り、トウモロコシの丸齧り、さらに卵焼きも食べ放題。おまけに読み切れないほどたくさんの雑誌。そうして楽しく遊んでばかりいて、勉強や宿題はいっさいやりませんでした。

 ぼくは、この故郷の家から変名で初恋の彼女に恋文を送りました。すぐに返事がきたのですが、それはなんと彼女の父親からで「今度こんなことをしたら学校へ通告する」と書いてあったので顔面蒼白、ぼくは手紙を破って捨ててしまいました。誰にも言いませんでしたが、ぼくの初恋はそれで簡単に終わり。

 でも実は、大人になってからこの彼女とは、再会しています。

 マンガ家としてやっと自立した1968年に、小さな展覧会場で会いました。しっとりと落ち着いた人妻になっていて美しかったので、なぜかほっとしました。

「父が昔、失礼な手紙を差し上げてごめんなさい」と彼女は言いました。

 その時になんと答えたのかは覚えていません。「いやあ、ムニャムニャ……」なんてごまかしたと思います。まあね、初恋なんてそんなもので、生きていればあの人もぼくと同年齢ですから、すべて夢みたいなものです。

「ジャムおじさんとバタコさんは、人間のかたちをしているけれど」やなせたかしが語った『アンパンマン』に人間が登場しない納得の理由〉へ続く

2025.07.01(火)
文=やなせたかし