時間帯もあってか、車の通りはさほど多くない。広い車道の脇を誰に遠慮することなく飛ばしていく。

 届け先へ向かうまでの、この時間が有馬は好きだった。

 自分が何をする人間なのかというのが、はっきりしているのが良い。走ることだけに集中できる。配達員仲間からの同意を得られたことはない。遅れたり事故ったりしてはいけないと緊張するから嫌だとみんな言う。有馬は、そうした緊張よりも、ただ漠然とリクエスト通知を待つ時間の方がよほど耐えられない。

 内川という、やはり細い川を渡ったところで停車した。ここから先のルートをスマートフォンを取り出して確認し、またすぐにしまう。手遊びするようにハンドルを小さく左右に振りつつ、内川の水面へ目をやった。特別に澄んでいるわけでもなさそうだ。なのに、呑川のような臭いはなかった。

 有馬は、再び、走り出す。もうそろそろ、相手方のスマートフォンに配達員がすぐそこに近づいていると通知が入るはずだ。

 ヴィレッジ大森は、信号を曲がってすぐに発見することができた。周辺では頭ひとつ抜けた十階建てほどのマンションで、空にも雲にも紛れない、くっきりとした輪郭を持っていた。垢抜けている。ベージュの外壁はありふれたものだけれど、角が縦に線を引くように赤茶色の煉瓦風になっているのがアクセントとして効いている。築年数はそれなりに経っていそうだが、それもどちらかというと安心感のような、ポジティブなものに繫がっていた。有馬は、駐輪場の隅へ自転車をとめた。

 お届け先情報を再確認する。住所は間違いない。ユーザー名は〈M・I〉。メッセージ欄に〈オートロックなので、エントランスで部屋番号を呼びだしてください〉と書いてある。イニシャルでの登録の割に、律儀な依頼者だ。

 ガラス戸を押し開け、エントランスロビー奥の自動ドア前にあるオートロックの操作盤に向かう。ICカードでの解錠ができるタイプだった。マンションの外観から考えるに、どこかで設備を一新したのだろう。しっかりと管理されている証拠だ。監視カメラもきっと、飾りではない。

2025.06.24(火)