イッツ・ダ・ボム』で第31回松本清張賞を受賞しデビューした井上先斗さんの第2長篇『バッドフレンド・ライク・ミー』が2025年6月20日に発売となります。

 主人公・森有馬(もり・ゆうま)は姫に飛ばれて300万円の借金を抱えた元ホスト。金もなけりゃ自信もない、そんな自分に嫌気が差しています。フードデリバリーで糊口を凌ぐ彼のもとに怪しげな「うまい話」が……。謎の男・ジンは何を企んでいるのか? 冒頭部分をお届けします。


森有馬と決断の時

 森有馬は、自宅から蒲田駅周りの繁華街まで自転車を走らせることを出勤と呼んでいた。誰に言い訳をしているのだろうと自分でも時おり考える。あるいは、そうするふりをする。

 薄く雲の広がる、ぼんやり青い空だった。今年の三月は冬と夏のちょうど中間の雰囲気で、今日も、立ち止まっていることが苦にならず動いても汗に嫌な粘りは出ないような温度と湿度だ。有馬はそれも、春らしいというより、どっちつかずだと感じている。

 走りやすくはあった。これでピークタイム前ともなれば地蔵が沢山いるだろうと予想していたのだが、いざ駅の近くまで来ても、なかなか見つからない。JR東口のバス乗り場の角に、ようやく一人、デリバリーバッグを背負った仲間を発見した。

「おはようございます。タカハシさんだけですか」

 ブレーキを緩く引きながら話しかける。

「うん、今はね。さっきまでは結構たまってたけどシゴト多くてすぐ、はけた。僕もマック一件やって戻ってきたところだし」

 言いながら、タカハシさんは手に持っていたスマートフォンをハンドル中央のホルダーにはめた。

 蒲田駅の周辺はウーバーイーツの配達員にとっておいしい場所だ。店の近くで配達リクエストの通知が来るのを待つ、所謂ウーバー地蔵の名所だった。

 ファーストフード店にレストラン、カフェが狭い地域に密集していて、多くが一階もしくは二階に店を構えている。バスロータリーや大通りは歩道となっているスペースが広く自転車に乗りながらの待機がしやすい。商店街の中にも、ベンチの置かれた、ちょっとした休憩場所が幾つかある。短時間の駐輪に使えるフェンスやポールだってすぐに見つけられる。それでいて道は全体的に太いので、ピックアップや配達でスピードを出さなければならなくなった時も問題ない。

2025.06.24(火)