なるべくしてスポットになっているとしか言いようがないのだが、有馬は、自分が始めてみるまで、各所にいる配達員の姿を認識すらできていなかった。
「タカハシさんがとめてるから、シゴト少ない日なのかと思ったけど、逆なんすね」
地蔵が多い時は街を流すようにしていると以前、語っていた。配達員が密集しているのを快く思わない人も多いから、とのことだったが、本当は自転車がぶつかりあうことを避けたいだけではないかと有馬は推測している。
有馬は、タカハシさんが乗っているロードバイクが配達員での収入を一か月分ついやしてようやく買えるかどうかの代物だということに気がついている。ヘルメットもGIROで、シャツはきっちりアディダスだ。フリーランスエンジニアと聞いているが、体力づくりを兼ねた隙間時間の暇つぶしでやっているだけなのだろう。ガツガツしておらず、気楽そうに世間話をしてくれるあたりは、有馬は嫌いではない。
ペダルを小さく逆回ししてチェーンの音を立てたところで、有馬の掌の中、スマートフォンが震えた。配達リクエストだ。見積もり金額七百円、ピックアップ場所は和食ダイニングさつき庵で、届け先はヴィレッジ大森。マンションらしい。住所にも大森と入っている。予想所要時間は二十五分で案内されているが、たぶん、十五分あれば終わる。有馬は画面の承諾ボタンをタップして、ポケットへスマートフォンを滑らせた。
「いってきます」
タカハシさんの「どうぞ」を背中で聞きながら走り出す。地図は確認していない。ピックアップ場所の店がどこなのか、蒲田周辺なら有馬はもう迷うことはない。以前から利用していた店もあるが、駅周辺の飲食店の位置についても配達員を始めてから学んでいったことの一つだ。匂いだけ知っている店がやたらに増えた。
信号を渡って商店街の中へ入る。並んでいるのはほとんどが飲食店で、半分以上が居酒屋だ。空瓶で埋まったビールケースや、生ゴミの袋のような、前夜の残骸が通りに置かれている谷間で定食屋とラーメン屋が昼の客を待っている。さつき庵は、そんな区域を貫く東口中央通りの奥、ビジネスホテルの一階にあった。
2025.06.24(火)