“20代で転職6回”の仕事エッセイ『転職ばっかりうまくなる』が大きな共感を呼んだ、文筆家のひらいめぐみさん。新刊『ひらめちゃん』は、ひらいさんの穏やかで優しい人柄の中にある、「自分を曲げない強さ」のルーツをたどるような作品。私が私のままでいるには一体どうすれば? 私たちの切実な問いに、ひらいさんの言葉はヒントをくれます。

買えないからこそ憧れが募る、ぎょう虫検査シール

――新刊『ひらめちゃん』は、社会の「こうあるべき」という価値観に押しつぶされそうになりながらも、自分らしい働き方を模索していく過程を綴った前作『転職ばっかりうまくなる』とは、また違ったアプローチで書かれた本ですよね。今回は、幼少期から思春期にかけての記憶を中心に書いていらっしゃいますが、そうした時期に焦点を当てようと思われたのには何かきっかけがあったのでしょうか?

 編集担当の方と、次はどんなテーマなら書けるだろうかと相談していく中で、地元・茨城で暮らしていた時のことを書こうと決めました。小さな頃から今にいたるまで、自分ルールというかこだわりが強くて、ポジティブなことだけでなくネガティブなことも覚えているタイプだったのでこのテーマは書きやすかったです。

――小さな頃の出来事まで詳細に覚えていらっしゃいますよね。すごい記憶力です。

 とくに「心残り」といった感情と、記憶が結びついていることが多いかもしれません。欲しかったけど手に入らなかったものとか。本でも書いた憧れのぎょう虫検査シールなんてその象徴的なものです。ぎょう虫検査シールが欲しくてたまらなかったあの時の気持ちはそのままの状態で覚えていますし、いまだに憧れています。

好きなものって意外と変わらないのかも

――ぎょう虫検査シールは買うのも難しいので、憧れが募りそうです。大人になってから新たに憧れ始めたものはありますか?

 夫ののぞむくんの実家が北海道にあって、その家にある玄関フード(編集部注:玄関を雪や寒さから守ることなどを目的として作られた玄関ドアの外側にある小部屋のこと)を見るたびに憧れの気持ちを募らせています。

 この感情ってなんだろうって考えていて思い出したんですが、小さい頃に兄や弟が遊んでいたレゴの透明なパーツがすごく好きだったんですよね。透明のパーツって欲しくてもあれだけで売っているわけではないので、余計に魅力を放っていて。ぎょう虫検査シールと同じで、手に入らないものって憧れが強くなりますよね。玄関フードに対しても、手に入りそうで入らない絶妙な距離感に惹かれているのかもしれません。同じ透明ですし(笑)。そういえば、昔から、半透明のシールも大好きです。ちょっと恥ずかしいですが、好きなものって意外と変わらないのかもしれません。

 でも、歳を重ねるにつれて「憧れ」という気持ちは薄くなってきてしまっているなぁ、とも感じます。仕事をするようになって自分のお金で買えるものも増えて、できることも増えたので。欲しいものへの切実な思いからは遠ざかってしまっています。さみしいですが。

――ご著書で「ひらがなを書くのが好き」だとおっしゃっています。ひらがなを書くことは、当たり前になりすぎてしまって好きか嫌いかといった感情でジャッジすることがなかったので、新鮮でした。昔から、日常の行為の中に楽しみを見つけるのは得意でしたか?

 私が高校を卒業するまで暮らしていた地元は、東京と比べると電車やバスの本数が少なくてすごく待つんです。エリアによっては1時間来ないなんてこともザラだったので、友人と一緒にいてもそのうち話すネタが尽きてしまって……。毎日学校で会っているから新鮮な話もないですし。この待ち時間どう過ごそう? と工夫した結果、どうでもいいことに面白さを見つけていこうとする習慣がつきました。看板をぼーっと眺めて、「あ、この文字塗りつぶせるな。やった!」とか、独自のルールを作って過ごしてました。

2025.06.14(土)
文=高田真莉絵
撮影=佐藤 亘