この記事の連載

「監督は最後に飯を食え」「一回頼んだらそいつと心中」恩人の言葉

――安達さんの演出は、通常テレビドラマについている「オプション」ではあまりお目にかかれない映像だと感じることが多いんです。一番最初に衝撃を受けたのが、「カーネーション」(NHK総合/2011年度後期)の「直子の覚醒」のシーン。東京で服飾専門学校に通いだした直子(川崎亜沙美)が卵のデッサンをしていると、だんじりの音と、糸子(尾野真千子)が踏むミシンの音がオーバーラップして、直子の目がカッと見開く。卵が割れてデッサンの上に落ちる。「これ朝ドラの映像じゃないぞ」と本放送時思ったものですが、あのシーンの演出はどんな経緯で?

安達 すみません、とんがってました(笑)。あの週(19週)が、直線と曲線をめぐる物語だったんですよね。糸子には良さがわからなかった流行の「トラペーズライン」の曲線、時代という直線、ミシンが縫う直線、裁断の直線、だんじりの直線……みたいな。それを表現したいなと。卵については、台本に書いてあったかな? すみません、あまり覚えてなくて。いろんな曲線を積み重ねて、卵がパカッと割れたらおもろいな、と思って。ただ、(渡辺)あやさんにしては珍しく、何行かまとまりのあるト書きがあったのは覚えてます。そのト書きからイメージを膨らませていったと記憶しています。

――堀之内さんはNHK福井に在局時代に朝ドラ「ちりとてちん」(NHK総合/2007年度後期)と出会ったことからドラマ作りを志されたと、複数のインタビューでおっしゃっていますが、安達さんが演出家・監督を志されたきっかけは何だったんですか?

安達 大学生のときに、飲み屋で偶然となり合わせた映画監督の林海象さん(註 代表作に「私立探偵 濱マイク」シリーズなど)と朝まで語り明かしたということがあったんです。

――語り明かしたのは、映画論みたいなことですか?

安達 いえ普通に、人としての話です。それで気に入ってもらって、「明日からでうちで働く?」という話になり、そこから3〜4年、付き人みたいなことをさせてもらって。撮影現場についていって、手が足りないところがあれば飛んでいって、何でもやりました。美術装飾部のいちばん下っ端とか、海象さんが脚本を書くためのリサーチとか。

――学業と林海象監督の付き人の仕事を両立させて、ちゃんと大学を卒業されて、NHKに就職されたと。

安達 大学は長い時間をかけて卒業しましたが(笑)。

堀之内 僕も「べっぴんさん」のときにもじりさんから教えてもらったんですけど、林海象さんにいただいた言葉があるんですよね。「監督は最後に飯を食え」とか、現場で心得ておくべき言葉が何箇条かあって。メモをとらせてもらったんですが、今でも時々見返してははっとさせられています。

安達 「交渉は相手に合わせて。ゆるやかに」とか、「人に愛情のある映画を作れ」とか、「一回頼んだらそいつと心中」とか、全部で十数個あるんですけど、現場で大切なのはもちろん「人としてこうあるべき」という言葉で。今でもずっと胸に留めて、大事にしています。海象さんはいまだに可愛がってくださる、師匠です。海象さんとの出会いがなければ私は映像の世界に入っていなかったと思います。

――お互いのことをどう思っているかを伺ってもいいですか? 堀之内さんは監督としての安達さんの仕事ぶりをどう見ているのか、安達さんはプロデューサーとしての堀之内さんの仕事ぶりをどう見ているのか。

堀之内 僕にとってもじりさんは、仲間というよりは、やっぱり師匠なんですよね。

安達 わしが?(笑)

堀之内 そう(笑)。NHKではもじりさんのほうが3年先輩だったんですが、もう、ずっと背中を追いかけているというか。一緒の現場にいてもいまだにどこなく緊張しますし、ダメ出しとかをされたことはないんですが、常に自分の仕事ぶりを見られてるような気がして。

 最近、鍵山秀三郎さん(註 株式会社ローヤル[現 イエローハット]の創業者)が仕事論を書かれた著書『凡事徹底』という本を読みまして。「普通のこと、当たり前のことを積み重ねることの大切さ」「凡事を徹底することが非凡である」というようなことが書かれているのですが、僕、もじりさんの仕事ぶりがまさにこの「凡事徹底」だなと思って。派手なアイデアやひらめきがわーっと降ってくるような感じじゃなくて、人の話を聞く、調べる、まとめる、というような、基本的なことを徹底的にやるんですね。だからスタッフからも出演者からも信頼される。

 もじりさんの「現場ノート」には、項目ごとに情報がびっしりと書き込まれているんですが、同時に、その内容がもじりさんの頭の中にも全部入ってるんです。ノートともじりさんの頭の中が同期された2つのハードディスクみたいになっていて、現場で「あれ、どういう話になってたんだっけ?」みたいなことが出てくると、必要な情報を瞬時にパッと取り出せる。「これをしたら、この人に影響があるんじゃないか」みたいなことまで頭に入っていて、打合せで「ああ、そうか」と引き戻されたりして。積み重ねて、忘れない。この能力が天才的というか変態的というか。

安達 でも作品が終わると全部抜けるんですよ(笑)。

堀之内 だからさっき「カーネーション」のシーンのことも結構忘れてましたね(笑)。でもきっと、ひとつの作品が終わったら、次の作品のために容量を空けるということなんでしょうね。

2025.05.03(土)
文・撮影=佐野華英