〈「肝臓にも転移しています」妻のがん発覚と余命3か月の宣告… やなせたかしが誰にも言えなかった“不安と後悔”〉から続く
NHK連続テレビ小説『あんぱん』は、“アンパンマン”を生み出したやなせたかし(北村匠海)と小松暢(のぶ・今田美桜)の夫婦をモデルに、二人の人生を描いている。ノンフィクション作家の梯久美子さんによる『やなせたかしの生涯 アンパンマンとぼく』(文春文庫)から一部を抜粋。1988年、“最大の危機”ともいえる「妻への余命3か月の宣告」を夫婦はどう乗り越えていったのか。(全2回の2回目/前編から続く)

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初めて会ったころから暢にはびっくりさせられることばかりで、そのたびに胸がドキンとした。自分がまったくやらないことをするからこそ、嵩は暢が好きなのだ。
嵩はやりたい仕事を思う存分やり、暢は暢で好きなことに熱中する。ふたりはそんな夫婦だった。嵩は「これからこんな作品を描くよ」と暢に言わないし、暢も聞くことはなかった。
けんかをしたことは一度もない。おだやかな性格の嵩は、暢に対して怒ったり、大きな声を出すことは決してなかった。
嵩はマンションの3階の部屋を仕事場、6階の部屋を自宅にして、公私を完全に分けていた。暢は嵩の仕事の関係者とのつきあいはせず、表に出ることはまずなかったが、がんが発覚する前に、めずらしく新聞と雑誌の取材を受けている。その際、嵩についてこう語った。
「根っから、やさしい人なんですね。草花にも生き物にも」
「なんていうんでしょうね。ただ気がやさしいとかの程度じゃないんです。ちょっと標準をはずれるくらい。虫も殺せないところがありますよ」
里中満智子のアドバイス
暢の口癖は「私は悪妻かもしれないけど、元気が取り柄よ」で、どんなときも弱音を吐かなかった。嵩はちょっと風邪をひいても「おれはもうだめだ。きっと悪い病気だ。もうすぐ死ぬ」と大げさにさわぐのに対して、暢は少しくらい体調が悪くても、仕事や家事をこなしているうちに「もう大丈夫」と元気になった。
暢ががんと診断される前、嵩には白内障と腎臓結石で病院通いが続いた時期があった。腎臓結石のときは1週間入院したが、暢は動きやすいように自分の髪を切って看病してくれた。
2025.05.20(火)
文=梯 久美子