がんとわかったあとで、
「そういえばあなたが退院するので迎えに行ったとき、熱が38度あって気持ちが悪かったの」
と嵩は聞かされた。心配されたくないから言わなかったのだという。
嵩は絶句した。父と弟が短命だったこともあり、自分が死ぬことはいつも頭の片隅にあったが、暢が死ぬことについては一度も考えたことがなかった。最期をみとってもらえるものとばかり思っていたのだ。だから、自分がいなくなったあとのことを考えて、生前贈与もしたし、住んでいるマンションも半分は暢の名義にした。それなのに……。
暗い心でいたある日、嵩は所属していた日本漫画家協会の理事会に出席した。うわの空で会議を終え、早く帰ろうと急いで外に出ると、小走りに追いかけてきた人がいる。同じ会に出ていた漫画家の里中満智子だった。
「やなせ先生、何かありましたか?」
暢の病気のことは漫画家仲間にも一切言っていなかった。会議でもつくり笑いをして周囲に合わせていたつもりだったが、里中はいつもと違う嵩の様子に気づいていたのだ。
「よかったら、私に話してください」
少女漫画の世界とは無縁だった嵩は、里中と特に親しい間柄というわけではなかった。顔を合わせれば話はするが、若いときから超のつく売れっ子で、漫画界のマドンナ的存在の里中は、自分とは別世界の人のように思っていた。
その里中が嵩を気にかけ、わざわざ追いかけてきてくれたのだ。嵩は妻ががんで余命3か月と言われたこと、そのために夜も眠れないことをうちあけた。すると里中は言った。
2025.05.20(火)
文=梯 久美子