それが目に入った瞬間……

「いやぁ~ごめん、ごめん! お待たせ。危なかったわ……」
トイレのある従業員扉の奥から安堵の表情を浮かべながらUさんが出てきました。
「車で待っていてくれてよかったのに」
「間に合ってよかった」
「旅行初日にゲームオーバーかと思ったよ。なんか買っていく?」
「そうだね。お茶でも買っていこう」
【右手に赤いリボンを巻いています】
その文言と貼り紙の顔を早く忘れたかったFさんは、Uさんを導くようにコンビニの奥に進んでいきました。
「翌朝の朝食は豪華だから我慢しようとも思ったんだけどさ、着いたらご飯もうないだろうし、パンかおにぎりでも買っていかない? 旅行だからって羽目外しすぎかなぁ。でもなぁ~」
妙にはしゃいでいるUさんを横目にお茶を選んでいたFさんですが、気持ちは一向に晴れません。
一体あの貼り紙はなんなのだろう。
仮に街中にああいったものが無許可で貼られていたのなら、少し気の変な人が貼って回っているものとしてスルーできるけど、コンビニの店内にあれほどのスペースを取って貼られているということは、お店の人にも許可を取っているということになる。やっぱり店員さんにちょっと聞いてみようかな——。
レジでパンを買い込んでいるUさんの背中が退いたとき、Fさんはそう決心して店員さんに声をかけようとしました。
「あの——」
それが目に入った瞬間、Fさんの息はキュッと詰まってしまったそうです。
男性店員の右手首に赤いリボンが結ばれていました。
「118円です」
うつろな顔をして一人でレジに立っている中年店員は、Fさんの次の言葉を待っているように彼女の目を見ていたと言います。
「あ、はい……」
それ以上何も言わず、Fさんはそそくさと会計を済ませてコンビニを後にしました。
◆◆◆

旅行は何事もなく楽しく進み、週明けからまたいつもの日常が戻ってきました。
でも、Fさんの頭からはあのコンビニの光景が離れませんでした。
ネットであの地方に関する行方不明者や、奇妙な貼り紙の噂を調べてみたこともあったそうですが、それらしいものを見つけることはできなかったそうです。
多分、なんてことのない理由なのでしょう。
でも、もしそうじゃなかったら。
行方不明の貼り紙に何らかの不可解な理由があるのだとしたら。あの顔が一生自分に付きまとうような気がしてならない——Fさんは今でも思うのだそうです。
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禍話
2025.05.03(土)
文=むくろ幽介