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◆命の息吹を感じられる、趣向を凝らしたひと皿

 お待ちかねの「シェフのおまかせコース」は秋と同様、アミューズ3品からスタートします。猪と鹿、熊の肉をミンチにしてアメリカンドッグのように仕立てた「ジビエドッグ」に、猪のリエットを詰めた「タルト」、そしてスプーンには「佐渡の毛蟹」。食べておいしいだけでなく、芸術的なプレゼンテーションにも魅了されます。

 五感を刺激する井上シェフの料理に、さらなる彩りを添える存在が、妻でソムリエの真理子さんが選ぶワインです。ひと皿ごとにワインを変えるペアリングも人気ですが、ボトルワインをオーダーして、最後まで1本で通すゲストも珍しくないそう。今回はアミューズからメインまで楽しめるおすすめワインを選んでいただきました。

 「冬はジビエの季節でお肉料理が多いので、1本で通すとなったら赤かロゼがよいと思います」と、最初に取り出していただいたのが、シャトー・ラヤスの「2010 コート・デュ・ローヌ」という赤ワイン。

「特別な日にふさわしいワインとして選びました。シャトー・ラヤスという南フランスのコート・デュ・ローヌの生産者さんのものです。グルナッシュの赤で2010年ものなので、やっと熟成しはじめたかなという頃。ジビエ料理と相性がいいので、時間をかけてゆっくりと飲んでいただきたい1本です」

 冷やしめでスタートすれば、後半にボリューム感が出てくる、といった楽しみ方ができるのもボトルワインならでは。もう1本は日本のワイン「ボーペイサージュ・ラ・モンターニュ」をセレクト。

「日本ワインも世界から注目されています。北海道余市のドメーヌ・タカヒコさんのワインなんかはもう日本人でも手に入らなくなっているほど。山梨県北杜市の津金でワイン造りをしている岡本英史さんの赤も目覚ましく、日本ワインとして素晴らしいと思います。温度の変化とともに果実味が開いてくる感じをぜひ」

 最後に真理子さんがピックアップしたのは、ワインのなかでもひときわ華やかな存在であるロゼシャンパーニュ「ミニエール F&R アンフリュアンス ロゼ」です。

「一般にシャンパーニュは瓶内熟成によって旨み成分が醸し出されます。複雑で豊かな香り、酸味のキレ、ふくよかさ、いろんな要素が複合的に作用しているので、さまざまなジビエ料理との接点も見つかるはず。特にシャンパーニュのロゼだと、守備範囲はぐんと広がります。こちらも素晴らしいワインですよ」

 2品目は、目にも麗しいスペシャリテの「ボタンエビ ブイヤベース仕立て」。艶やかなエビのコンソメでコーティングした佐渡産のボタンエビに、サフランとニンニクの香りを入れたマヨネーズのようなソース、ルイユをドット状に散らしハーブをあしらっています。

「見た目はブイヤベースではないのですが、口の中に運んだときにブイヤベースとして完成するスペシャリテです」

 たしかに口に運ぶとブイヤベース! その不思議な美味に驚くとともに、ねっとりとした生のボタンエビも絶品で頰が緩みます。口中調味は日本人が行う特徴的な食べ方だといわれますが、固めたエビのコンソメとルイユを合わせることで、咀しゃくしながら旨みが重奏的に広がっていくのです。

 素材のポテンシャルを引き出す、独創的なひと皿は3品目にも続きます。佐渡の毛蟹のオードブルに冬の野菜を組み合わせた「毛蟹 バターナッツ」です。瓢箪のような形をしているバターナッツカボチャは、しっとりとした口当たりが特徴。

「さらっとしたバターナッツカボチャのピュレに、蟹の身と蟹味噌を合わせ、蟹の出汁が入ったアメリケーヌのエスプーマと重ねています。これが毛蟹の繊細な甘さとよく合うんです。こちらの料理は秋の終わりくらいからスタートします。毛蟹でなく香箱蟹ですね。新潟では女蟹(メガニ)というのですが、その内子や外子も使います」

 新潟らしさのアクセントとして村上産の鮭のイクラをのせ、ハーブとお米のパフを散らします。カリカリとした食感が楽しめるお米のパフは新潟産コシヒカリ。ゆがいてから低温のオーブンで数時間熱を入れてから揚げるなど、食感へのこだわりも妥協はありません。

 次なる料理は「猪のガレット」。秋は揚げた山女魚をいただきましたが、冬はとろとろに煮込んでから表面をじわっと焼き上げた猪のバラ肉に。これもぐるぐる巻いて、サバイヨンソースをつけ、がぶりといただく逸品です。

「手で食べていただけるお料理をいつもお出ししたいという思いがあって、ガレットは何かしらの食材で登場します。魚と肉ですと味わいが変わりますし、春はアスパラガスで提供したことも」

 雪山育ちの猪は、臭みやクセがなく、雪山での冬眠に備えるため蓄える栄養もあるそう。その脂身と肉質は別格の味わいです。赤身と脂身が交互に層になっている部位、バラ肉は煮込むとその甘さとプルプルとした食感の魅力も引き立ちます。

2025.04.20(日)
文=大嶋律子
写真=榎本麻美