「あ、ここはアカンとこやん」

暇を持て余した僕はMCの先輩と一緒にトンネルの中を散策します。それが間違いでした。
トンネルはえげつないほど不気味。緊張感のなかった僕に、
「あ、ここはアカンとこやん」
と本能が伝えてきてるのがわかりました。
一気に恐怖がおそってきて、一瞬正気を失いかけました。MCの先輩にバレないように平然を装いトンネルに入っていきます。
中は真っ暗。
普通、トンネルの中にはオレンジ色の照明がついているはず。
おかしい。
あ……そや、閉山されてたんや。
当然、照明は全部切れていました。不気味な、そして真っ暗なトンネルがずーっと延びています。
「こんなとこで収録すんだなあ」
「崩れ落ちてこないっすかね?」
「大丈夫だろ!?」
まだ陽があり明るいながらも、トンネル内には不気味な空気が流れています。
2人とも全然ビビってない感を出すために会話のラリーも多め。
トンネルを進んでいくとそこには異様な光景が広がっていました。
トンネルの天井の高さは約3メートル。
その天井に近い、いや天井に付いてる……そんな高さまで大量の花が手向けられていました。
全部、造花。
枯れることなく発色のいい花。
赤や黄色が不気味すぎる。
何があったんやろう。
怪談を盛り上げるためのセットなんかな?
その時はそのぐらいにしか思っていませんでした。いや、深く考えないようにしていたという方が近いかも。その光景はむっちゃ違和感がありました。
「こんなにたくさん花を手向けられることって、ある?」というくらいの量です。
ちょっとでも怖い方へ考えてしまうと、正気を保てる自信がありませんでした。考えないようにしてトンネルを出てロケバスに戻りました。
そうこうするうちに陽が落ちだします。見渡す限り、ほんまに真っ暗。民家も遠い。聞こえるは風の音と虫の鳴き声くらい。
照明で演出された、不気味なオレンジに光るトンネルをバックに、いよいよ僕らの怪談の収録が始まります。
僕はトップバッター。ディレクターさんの合図とともに話し出しました。
「それではまいりまーす。5秒前、4、3、2……」
「……これはですね」
「ちょっと待ってください!!」
音声さんが、大声で割って入ります。50代くらいのベテランの音声さんが、顔を引きつらせ、声を詰まらせ、軽く震えながら、
「あの……人の、話し声が聞こえるんですけど……」
僕は正直、ドッキリやんと思いながらも、
「ちょっとやめてくださいよー!」
と若手芸人らしく言ってみました。
スタッフさんはフル無視。
「え? どういうこと」
「どんな声?」
「一旦聞かせて」
その場にいるスタッフさんたちのバタバタが止まりません。いい歳したおっちゃんが震えながら、
「人の声が聞こえるんです!」
って何回もいろんな人に言って回っています。
あきらかにテンパってる。
周りにいるスタッフが順番に録音された音声をヘッドホンを回しながら聞いていく。そして2、3秒の沈黙のあと、
「うわぁ!」
とヘッドホンを外す。この流れが何人も繰り返されます。
「いやいや、むっちゃドッキリやん、下手くそやな……」
と呆れながら、僕も一応音声を聞かせてもらいました。
そこに入っていた「声」は、想像と違いました。
1人や2人ではない。ライブの開演前、客席がざわついてるぐらいの感じ。
口々にいろんな人が話してる。
「うわぁ!」
僕もこれまでの流れ同様にヘッドホンを外します。
え? ドッキリちゃうの?
うそ? マジなんこれ?
出演者、スタッフ、一同「もう早く撮って帰ろう」と一致団結し収録が再開します。
そして僕が改めてしゃべりだしたところで、
バチンッッ!!
照明が消えます。
真っ暗。
「キャーー!」とメイクさんが悲鳴を上げます。
聞き手の女性タレントは声すら上げられないほど怯(おび)えています。
2025.03.27(木)
文=好井まさお、CREA編集部