ギィ――と、木箱の開く鈍い音と共に、誰かの息を呑む気配がした。

 しばしばする目を無理やり開き、何度も瞬いているうちに、徐々に視界が戻ってきた。

 はじめの入った木箱を開いてこちらを覗き込んでいるのは、一人の中年男性だった。

 ぽかんと口を開いた彼と、しばし、無言で顔を合わせる。なんとも間の抜けた沈黙が落ちた。

「どうも……?」

 こちらから話しかけるなと言われてはいたが、沈黙に耐え切れず、小声で言って片手を挙げる。

 するとそいつは、顔を盛大に引きつらせて、わなわなと震え始めた。尋常でない様子に心配になりかけたその時、目の前の男が絶叫した。

 わあ、とも、やあ、ともつかない声を上げ、やたら訛りの強い早口でわめきながら、はじめから逃げるように後じさって行く。

 今更隠れるも何もないだろうと、はじめはゆっくりと立ち上がった。そして、そこに広がる光景に絶句した。

 とてつもなく大きな広間である。

 四方の壁は石造りに見えたが、赤く塗られた梁や馬鹿でかい門扉は木製で、金属の装飾や鋲などがついている。はじめが乗ってきたのはやはりトロッコだったようで、振り返れば、その下の線路は赤い門扉の向こう、岩肌を削って出来たと思しきひどく大きな洞穴へと伸びていた。天井は異様に高いが蛍光灯は見えず、代わりにぶら下がる灯籠の中には、電球とも火ともつかないひんやりとした光がゆらいでいる。

 パッと見た全体の印象は、はるか昔、奈良で見た大仏殿に近い。

 だが、仏像の代わりにうずたかく積まれているのは大量の木箱であり、観光客の代わりにその辺りをたむろしているのは、見慣れない和装の男達であった。

 大河ドラマでしか見ないような仰々しい装いである。狩衣とか、水干とか言ったか。何がどう違うのかはよく分からないが、神社で神主がお祓いをしている時に着ているものに近い気がする。ほとんどが青の着物を着ているが、緑や朱色などもちらほら見える。

 そして、最初の男が冷や汗まみれになりながら後退し、はじめを指差して何事かを――やはり、聞き取れそうで聞き取れない早口で何事かをまくしたてているうちに、混乱は徐々に周囲へ伝染していった。

2025.03.14(金)